遺書(ブログ)

サウナと吉田輝星とフル○ン一期一会

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午前中のサウナ。
サウナ室内のテレビでは、情報バラエティ番組で鎌ヶ谷でのファイターズ新人の自主トレの様子が映し出されていた。

……おおそうか、今日からか。
興味深く身を乗り出して注目するおれ。

画面の中では、リポーターがアホの子のように一挙手一投足を実況している。

「吉田輝星選手はグレーのジャージを着ています!」
「これから吉田選手がダッシュをするそうです!」
「吉田選手が走りました!」

それを見ながら、おれなんかは
「イケメンはどんなジャージも似合うもんだな」
「おお、初ダッシュか!」
「うお、走ったぞ!」
と、なかなか見ることができない場面を見られて、心の中で大興奮していた。

その時である。

「ふん、たかが日ハムの新人に馬鹿らしい」

すぐ隣から捨て台詞が聞こえてきた。
声の方向を振り向くと、汗まみれの頑固そうなジイさんがいた。汗まみれは当たり前か。

そうか。
おれは日ハムファンだから熱心に見ていたが、ファン以外から見ると「たかが日ハムの新人」なんだよな。
さらにこのジイさんが野球ファンでもないとしたら、なおさらだ。全く縁のない、どこかの新入社員の仕事初めの様子を見せられているようなものだろう。

ファンと非ファンでは、かくも熱量が違う。
当然だ。見知らぬジイさんにどんなに暴言を吐かれようが腹も立たない。

問題はここからである。

「だよねえ」

……だよねえ?

ジイさんは誰かに話しかけた。

一応、まわりを見渡す。
午前中のサウナ室内には、おれ以外誰もいない。

やはりそうなのか。

間違いなく、ジイさんはおれに話しかけている……!

知り合いか?
いや脳内で画像検索してみたが、断じて初対面だ。
このジイさんとは、この全裸の状態で初めて会った。フル○ン初対面である。

ただ、おれはそれほど驚きはしなかった。
サウナという特殊なシチュエーションで、フル○ン初対面で話しかけられる経験は、これまで何度かあった。

これは40代サウナーあるあるなんだが、「サウナーは歳を取るごとに、知らないオッサンから話しかけられる頻度が高まる」

摂氏90度という極限状態で共に戦っている(?)という“吊り橋効果”に、年齢が近い(若者ではない)という“親近感”が掛け合わさった現象とおれは捉えている。

話がそれた。

「だよねえ」と同意を求められても、前述の通りおれはファイターズファンだ。ジイさんとは決定的に感じ方が違う。

論争になるのも面倒な展開しか見えてこないので、おれはファンであることを伏せることにした。

「ですよね」

話を終わらせたいおれは、14歳の娘から学んだ「YES-NO-ベツニ論法」で切り抜けようとする。

娘は、おれが話しかけると「うん(YES)」「ううん(NO)」「別に」しか答えない。おれは、これを使われると黙ってしまう。話の続けようがないからだ。
おれと話を極力したくない娘はそれをよく知っていて、おれはいつもこの論法でほぼ一発KOされている。

しかし、ジイさんは違った。

「まったく……。『走りました』ってなんだ。練習なんだからそりゃ走るだろうが」

と続ける。やるな。さすがジイさんは、おれなんかと年季が違う。
ならばこれでどうだ。

「ね」

おれは日本一短いYESで、会話の息の根を止めにかかる。
しかしこの抵抗も無駄だった。

「だいたいよ、こんな新人に興味はないっつうの。どう、あんたは野球好き?」

全く動じずジイさんは続けた。

あの必殺「YES-NO-ベツニ論法」がまるで通用しないとは!
少しパニクったおれは、ついこう応えてしまう。

「まあ……」

ヤバイ、と思った。
そもそも90度の灼熱地獄だ。集中力は散漫になっている。
本当はここは「NO」でスリーカウントだったのが、自白剤を飲まされたかのように本音が滑り出てしまった。

ジイさんがこれを見逃すはずもなく

「ほう!どこファンよ」

と身を乗り出してきた。

マズいマズいマズい。マズすぎる展開だ。
おれは今さらファイターズファンなどと言えるわけもなく、

「と、特にどこというわけでは……」

と、過去最大の文字数で応えてしまう。
そんなわけはない。「野球好き」で推しのチームがないなんてヤツは滅多にいない。
ジイさんはこの矛盾に即座に気づいたようだ。

「そんなこたないだろう。しいて言えばどこ。巨人?」

ほんの小さなほころびが、この百戦錬磨のジイさんによってグイグイと広げられて、修復不可能な大穴になっていくのを感じる。

おれはとんでもない怪物に食いつかれてしまったようだ。

甘かった。この猛獣の前では、おれなんぞ仔ウサギである。
獰猛なその牙から自力で逃れられるわけもなく、怪物がこの身に食い込んだ牙を抜いてくれるのを待つしかない。

「まあ……しいて言えば」

極力適当に返して、怪物の動向を伺う。
もう「食うなら食え」状態だ。

テレビを見ると、「鎌ヶ谷スタジアムの農園に農業高校出身の吉田輝星が一役買えるのでは?」みたいなどうでもいい話で盛り上がっている。

もういい。テレビよ、話題を変えてくれ。
おれの身にもなってくれ。

おれのなかで、投げやりな気持ちと救いを求める気持ちが、奇跡の交錯を遂げたその時である。

なんと、ジイさんがスックと立ち上がったのである。

おおおおおおお、出るのか。
出てくれるのか!!!

ジイさんは、無言で出口へと歩を進める。

ちなみに、サウナーは「それじゃ、おれは出るよ」みたいなことは言わない。サウナ室で会話を交わしても、結局は友達ではないからである。
ジイさんとは数分前に初めて会い、たぶん二度と会わない。
フル○ン初対面であり、フル○ン一期一会である。

ただし、このジイさんは扉を出る瞬間に一言だけ置いていった。

「しかしこのヨシダっつうのは通用するのかね」

答えは必要なかったのか、ジイさんはそのまま退出した。
そして扉がしまった瞬間、1人になったサウナ室の中でおれは大声で叫んだ。

「通用するに決まってんだろうが!!!!!!」

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