遺書(ブログ)

中田には大変申し訳無いが、ファイターズにとって中田翔はそういう選手なのだ。

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昨日、ファイターズがオリックスに連敗した。

直前のカードでロッテに3連勝したときは「今年のハムは強すぎるな。逆にどうやったら負けられるんだよ」などと浮かれていたもんだが、現金なもので、たかが2連敗しただけで「いったいどうやったら勝てるんだよ」と不安のどん底に陥る。

昨日付けのパ・リーグ順位表を見ると、チーム打率.228、チーム防御率は4.12と、実際にこれまでのチーム状態は決して良くない。
この成績でよくぞ3位でまとめてくれてるなと、首脳の采配に感謝したくなる。

しかしさらに順位表を細かく見ると、なかなか勝ちきれていない本当の理由が薄っすらとだが見えてくる。

リーグ最下位の「チーム得点51点」「チーム本塁打8本」。如何ともし難い得点力と爆発力の低さだ。

連敗したときの風物詩として、ここでファンの怒りの矛先が向かうのは不動の四番、中田翔である。

「もういい加減、中田の四番にこだわるのはやめようよ」
「今の中田は打てる気がしない。ファームで調整してもらおう」
「守備では必要だから6番とか7番がいいんじゃないか」
「お前が不必要、中田翔」(誰うま)

耳をふさぎたくなるような中田への中傷や、栗山監督へのありがた~い中田の起用アドバイスで溢れかえる。

気持ちはわかる。
君たちは別にアンチ中田でも、中田翔に恨みがあるわけでもない。本気でファイターズの勝利を願っている。

中田がいくつものチャンスを潰してきた事実は確かだし、もしかしたら四番が中田じゃなければ得点できたという場面もあったかもしれない。

とにかくファイターズに勝ってほしいんだよな。
愛情表現が違うだけで、同じファイターズファンだ。少なくともおれは責めるつもりはない。

責めるつもりはないが、もう少し冷静になってほしいとは思う。

前述の通り、たしかに中田の打順を下げれば打線に繋がりが生まれて得点力が上がるかもしれない。
中田を下げて別の選手を出せば、もしかしたらその選手が爆発するかもしれない。

どれも「かもしれない」に過ぎないが、試して見る価値はある「かもしれない」。
いや、百歩譲って、そのお陰でいくつか目の前の勝ちが拾えたとしよう。

しかしそれは一時的なものだ。

本当にファンが望むのは、大きく見れば目の前の勝利じゃない。少なくとも、”勝負の年”と言われた今年は違う。

絶対的に「優勝すること」だ。

7ヶ月間を戦い抜くリーグ戦で優勝するチームは間違いなく強い。

近年の優勝チームを見れば誰もが納得すると思うが、強いチームには必ず強い四番がいる。
逆に言えば、強い四番がいないチームは優勝しない。

「強い四番」。
今のファイターズでいえば、これは中田翔しか当てはまらない。

つまりファイターズが優勝するには中田の活躍は不可欠だし、(これが大事)中田が活躍できなければ、残念ながらファイターズは優勝しない。

調子の悪い中田を下げることで応急処置にはなるかもしれないが、中田のいないチームで一時的に勝ったとて、優勝へ前進していることにはならない。
かなり極論をいえば、中田を下げるということは優勝を諦めるということと同じだと思っている。

おれはこう想像している。

栗山監督は中田を決して贔屓して使っているんじゃなくて、チームが優勝するために、敢えて中田を厳しい立場に追い込んでいるのだと。

「翔、俺はお前を下げない。批判を浴びてでも、その位置のまま克服しろ」

そんな事を言ったか言わなかったかは知らないが、恐らく栗山監督はそういう気持ちで中田の起用を決めている。野次や批判は覚悟の上だが、アドバイスは必要ない。

昨年、ファイターズに残留した瞬間から、中田は「ミスターファイターズ」になることを決めた(と、おれは思っている)。

「ミスターファイターズ」とはファイターズそのもの。チームの根幹を成す者。
中田がファイターズそのものだということは、中田の成績がそのままファイターズの実力だ。

シンプルに、中田が打たなければ負けるし、中田が打てば勝てる。
良くも悪くも、ファイターズの運命は中田にかかっている。

中田には大変申し訳無いが、ファイターズにとって中田翔はそういう選手なのだ。

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