遺書(ブログ)

駐車場のイス取りゲーム in コストコ

投稿日:

コストコの駐車場待ちに大行列ができていた。
今日は3連休の初日で、なおかつ年末、ましてやクリスマス直前である。混んで当たり前だ。だから、多少はすいていると思われる午前中にした。

だが、その見込みも甘かったようだ。
目的地周辺にたどり着くと、その行列は一般道にまで伸びて渋滞を巻き起こしていた。
みんな大好きコストコである。かみさんも大好きで、年末の買い出しに行きたいというので、今日は運転手として同行していた。

おれは、コストコでの買い物自体は嫌いじゃないが、とにかく混んでいるときの”アレ”が苦手だ。
すんなり入れれば何の抵抗もないのだが、駐車場待ちの列に並んでいると、いつもアレを考えて憂鬱になる。
“アレ”とは駐車場の”イス取りゲーム”である。

全てのコストコが同じじゃないかもしれないが、我が家がよく行くコストコには、駐車場の案内係がいない。無料だし、特にゲートもないので、車は入りたい放題だ。

案内係がいないとどうなるのか。

駐車数は限られているので、駐車スペースが埋まると、やがて場内には”難民”が列をなして周回するようになる。

場内をぐるぐると周回しながら、たまたま目の前のスペースが空けば駐車できる。空かなければ、延々と周回することになる。まさしく”イス取りゲーム”なんだが、実際はBGMに「オクラホマミキサー」が流れるような、そんな呑気なムードではない。この上なく殺伐としている。
あの空気感が、おれは身の毛がよだつほど嫌いだ。

すべての車は獲物を探す狼のように、血眼で場内をうろつきまわっている。時にはゆっくり、時にはスピードを上げたりと、ドライバー間での駆け引きも生まれる。買い物客が帰ってきて出そうな車を見つけると、すかさずハザードを焚いて、至近距離に停車する車もある。「早く出ろ……」とプレッシャーを与えながら虎視眈々と待つ。
そこにはモラルもルールも存在しない。
こうして、文字で描写しているだけでも胃が重くなる。

おれは電車内で目の前で空いた座席でも、背後のオバサンに奪われる側の人間である。
これほどの本格的な戦場で勝ち抜けるわけがない。

弱肉強食の世界では、なりふり構わない奴が一番強い。そして、普段からまわりの目ばかり気にしているおれみたいな奴が、ヒエラルキーの底辺を支えている。

「今日はなかなか駐車場に停まれないかもね。苦手だもんね、こういうの」

行列が進み、遠目で駐車場内の様子が見えてきたところで、かみさんがつぶやいた。

そうだ、かみさんはよくわかっている。苦手なんだ。これからあの厳しい戦場に入っていくと思うと、それだけでもう心が折れそうなんだ。憂鬱なんだ。
それなのに、

「そんなことはねーよ」

なぜか、おれはつい強がってしまった。自分でも意味がわからない。男心も不思議だ。

しかしだ。
さらに不思議なもので、この意味不明な虚勢によって、少しだけ心が軽くなったのを感じた。そうだ、「そんなことはない」じゃないか。

最初から弱気になっていてどうする。

考えてみれば、いま駐車場で周回している”戦場の狼”たちも、きっと普段はおれと何も変わらない父親たちだ。ただ、今だけは、守るべき家族のためになりふり構わず、狼になり切っているだけだ。
そして、おれにだって守るべき家族がいる(今日はかみさんだけだが)。おれだって強い狼になれるはずだ。

そうだ。

彼らにできておれにできないことはない!

今だけは、普段の”優しいおれ”を捨てて、非情な狼になりきってみよう。

ようし。整った。
闘争心に火が灯ったところで、ちょうど駐車場の入り口が目前に迫る。タイミングもいい。何だかハンドルを持つ手が震える。なるほど、これが武者震いというやつか。

そして駐車場内に車が入場し、”イス取りゲーム”の周回に加わった、まさにその瞬間である。

すぐ目の前の駐車スペースから車が出た。
すかさずハザードを焚きながら、おれはそのスペースに駐車した。

おれは弱い人間だが、車庫入れスピードには自信がある。

0

-遺書(ブログ)
-, ,

Copyright© R50(仮)-アールフィフティカッコカリ- , 2020 All Rights Reserved Powered by STINGER.