どういうわけか、今日おれはサウナで中島卓也のことばかり考えていた。
摂氏88度という灼熱の中、外界を遮断しながら考え事をするとよく考えがまとまる。
テーマは「おれたちはなぜ中島卓也にこだわるのか」だ。
中島卓也28歳。今季の成績は打率.220、本塁打0本、打点16点。ただしショート守備は名手級だ。
2012年から頭角を現し、日本一に輝いた2016年まではファイターズの不動のショートとして君臨していた。しかしここ数年は、石井一成、平沼翔太といった若手の突き上げによって出場機会は減ってきている。
そして今年、フリーエージェントの資格を獲得し、実に1ヶ月近くもその行使を「熟考」していた。
ちょうどいい。潮時じゃないか。新天地で頑張ってくれ。
活きのいい若手に道を譲ってやれ。
一部のファンの間ではそんな言葉も囁かれていた。
当然だ。中島は紛れもなく2016年時の黄金ファイターズの一員だが、ここ数年はお世辞にもチームが期待する戦力(年俸1億)になっているとは言い難い。
その1億を若手や助っ人外国人に使うべきだ。
寂しいけれど、プロ野球ってそういうもんだ。こうやって血を入れ替えてチームは強くなっていく。
ご意見はごもっともである。
ところがだ。
そんな中島が3年契約でファイターズの残留を決めた時、ほとんどのファン(体感90%以上)はこう叫んでいた。
卓ちゃん、ファイターズに残ってくれてありがとう!
「3年はいきすぎ」「総額2億7000万はちょっと高い」「別にいいけど、若手とは公平な競争をさせてくれよ」といったごもっともな声も一部見られたが、そんな彼らでさえ中島が残ること自体には好意的に見えた。
例に違わずおれも歓喜した。
来年も再来年もその次も、ファイターズの背番号9が中島であることに喜び、心から胸をなでおろしている。いや、本当によかったなあ。
ここで考える。
いったいこれはどういう感情なんだろう。
ドライに考えれば、中島の穴を若手が埋めてくれるような状況のほうが望ましいはずだ。
「そんなふうには全っ然思わない!卓ちゃんにはずっとショートにいてほしいの!」
わかる。本当はおれだって同じ気持ちだ。
ただ、もう少し冷静に分析を試みたい。
例えば”彼”が「中島卓也」じゃなかったらどうだろうか。
他意はないが、仮に名前を「清日育宏」という名前に置き換えてみよう。
見た目も、その名前から連想される顔に変換しちゃってほしい。
想像力に余裕がある人は、ついでにキャラも性格も同じように置き換えてみてほしい。
置き換えた?
しっかり頭の中で置き換えたなら、出来上がった「清日育宏」選手に中島の成績だけを当てはめてみよう。するとこうなる。
「清日育宏 打率.220 本塁打0本 打点16点 年俸1億円」
不思議だ。
要らなく見えてくる。(個人差あり)
「清日育宏」選手のせいで、期待の若手のポジションが奪われ、決して多くない戦力予算のうち1億円が逼迫される。
そう思うと、この「清日」選手が少しでもゴネようものなら、出てもらっても構わないと思えないだろうか。(個人差あり)
ちなみに、この思考実験で表したかったのは、断じて
「ほら、冷静に考えると中島って要らないだろ?」
ではない。
おれがここで解き明かしたい謎は、「成績も良くないのに、(おれも含め)ファンは中島残留に両手を上げて喜んでいる」という事実だ。
ファンだけじゃない。球団だって最大限の誠意を持って中島卓也を慰留した。フロントも中島卓也がファイターズにいなくてはならない選手だと考えている。でなければ3年契約など持ちかけない。
これは一体どういうことか。つまり
(ここが大事)
「誰もが中島の成績以外の『中島卓也』という部分に大きな価値を見出している」
ということに他ならない。
なぜだ。
「中島卓也」には何があるんだ。
おれたちが大切に思っている「中島卓也」とは何なんだ。
繰り返すようだが、たしかに打てない。さらに選手としての伸びしろも多分ない。中島は既に完成形だ。だから調子によって打率2割6~7分まではあっても、突然3割打つような覚醒も今後ないだろう。
酷いことを言っているようだが、おそらく熱狂的な中島卓也ファンだってそれは全員承知の上だ。
それでも中島卓也には、それを凌駕する大きな”価値”がたしかにある。
例えば華麗な守備。
中島のショート守備は間違いなく一級品だ。今年やらかした決定的なエラーが印象的ではあるが、あの件を経ても中島が名手であることになんら変わりはない。
例えばチーム打撃。
ヒットは多くなくても、相手投手を苦しめる膨大な数のファールや、自分を犠牲にする進塁打が打てる。相手チームは数字以上に”嫌なバッター”として中島を見ているはずだ。
そして内野をまとめ上げるキャプテンシー。
例のエラーによって、同じく昨年石井一成がやらかした決定的なエラーに苦言を呈したエピソードが恣意的に取り上げられたが、むしろそれこそが中島のキャプテンシーそのもの。誰かが言うべき嫌な役目を、中島が内野守備のキャプテンとして買って出たまでだ。
なかでも印象的なのはマウンドに歩み寄る姿だ。
投手が調子を崩すと、中島はことあるごとにマウンドに駆け寄り声をかける。
これは中島の“特殊能力”といっていい。このおかげで、崩れかけた投手が生き返る場面をおれたちは何度も見た。
さらに、ストイック。選手会長。イケメン。温厚なジェントルマン。
彼氏にしたいナンバーワン……。
数字には表れない「中島卓也」は、数え上げたらキリがない。
しかも、これらはすべてファイターズという球団の中を血液のように流れており、部品のようには取り外しができなくなっている。入れ替えてしまうとどこかバランスを崩してしまいそうな、かけがえのない要素ばかりだ。
それが全部消えてなくなってしまったかもしれないと想像するだけで、ファンはみんな背筋がゾッとしてしまうのだ。
他球団ファンは馬鹿馬鹿しく思うかも知れない。
「打率.220の”控えショート”にお前らは何をこだわっているんだ?」
うるせー。
お前らには見えない部分があるんだよ。
数字に出る(=見える)部分など氷山の一角にすぎなくて、こうした”見えない”大部分の「中島卓也」がチームのバランスを整え続けてきた。
それが、ファイターズファンにはみんな”見えている”。球団にも、それがハッキリ見えているから引き止めた。某球団だったらこうはならなかっただろうと考えると、そこが誇らしい。
確信した。
おれを含めたファンたちの、一見感情的に見えた「卓ちゃん行かないで~!」は、ただのセンチメンタルじゃない。これら「中島卓也」の要素がファイターズから消えてしまうことへの恐れだったのだ。
逆に言えば、こうした理由で「中島を送り出すわけにはいかなかったこと」それ自体がチームの問題点といえるかも知れない。現状、「中島卓也」は中島の他にいない。
球団とどのような話をしたか知る術はないが、中島には「中島卓也」であり続けると同時に、次の「中島卓也」を育ててほしい。球団からはそんなリクエストもあったことだろう。
バトンの先が石井一成なのか、平沼翔太なのか、中島と出自が似ている今年のドラフト3位・上野響平なのか。それはわからない。
いずれにしても、おれたちは永遠に「中島卓也」にこだわり続ける。