今日は昼間からサウナに行ってきた。
仕事がまったくないわけではないので、万が一仕事関係者がこれを読んだら気まずいが、その”万が一”が起きたならおれは開き直る。
おれはスキがあればいつでも行くぞ。サウナに。
これがおれの生態。カッコつければ生き様だ。
さて今回は約1か月半ぶりにホームサウナに行った。
「ホームサウナ」とは「行きつけのサウナ」ということだ。そういう名前のサウナ施設でも「家のサウナ」という意味でもない。野球チームで言う「ホームグラウンド」というのと同じだ。
おれはだいたい週に1度以上はサウナに行くが、ここ年末年始はいろいろあって他の施設に浮気していた。それも気分が変わってなかなか良いものだが、今日久しぶりにホームサウナに行って実感した。
やっぱり違う。
たまに行くアウェイ施設でも”ととのった”つもりでいたが、ホームでの”ととのい”とは本質的に違う。
なんというかな――手も足も伸ばせる”勝手知ったる感”、親に我がままも言える。そんな感じ。文字通り“実家感”だ。
身体だけでなく、精神も”ととのった”感。やっぱり正月は実家(ホーム)でリセットする。「お帰り」「ただいま」。
やっぱり正月はこうでないと。
つまり、今日が本年”初ととのい”である。
今年もよろしく。
久しぶりに身も心もととのったわけだが、今日は少し残念なことがあった。
最近のサウナブームのあおりか、おれの愛する実家に数人の「ザバーン人」が出没していた。
「ザバーン人」とはおれの造語だ。ググっても出てこない。
サウナで体を温めた後、汗を流さずにザバーンと水風呂に飛び込む輩のことである。おれはこういう輩を見ると、全裸なのに思わず胸倉をつかみたくなる。
サウナで体中汗まみれのまま水風呂に入ってくる。おれは特に潔癖症でもないが、これほど不快なことはない。
「水風呂に入る前は、必ず汗を流してから」。
サウナをある程度たしなむ者ならば誰でも知る、サウナマナー(=サ法)の基本中の基本だ。
つまりこの「ザバーン人」には、サ法を知らないサウナ初心者が多い。そして気が大きくなった複数人グループが多い。
サウナ後に冷たい水風呂に入るのに躊躇する仲間の前で、豪快にザバーンと飛び込み、「俺は入れるんダゼー。オトナダゼー」と粋がる。今日遭遇したのはまさしくこの手合いだった。
おれが水風呂で、しっぽりととのおうとしている目の前でやられた。思わずムッとして、「おいコラ、汗を流せよ!」と唇だけ動かす。
そんな無言の圧にも気づかずに、ザバーン人は仲間に向かって「ウハハハ早く入って来いよ」なんつってハシャいでいた。
「ふざけんな!」と唇を動かしながら睨みつけるおれ。その時気づいた。
「なるほど、”にわか”か」。
ここ数年の急激なサウナブームが生み出した怪物だ。おれは時々、サウナブームを恨んでしまうことがある。
昨年のラグビーブームのとき、オールドファンの”にわか”ファンに対する心の広さが話題になった。「ラグビーファンは、ワールドカップから参入した”にわか”ファンをを歓迎します!」。
なんと美しい。
もちろんおれだって、オールドサウナ―として基本的には同じ気持ちだ。
“にわか”が増えてサウナ業界に金が落ちれば、おれの”生き様”であるサウナが盤石となる。そのお金で施設が企業努力を重ねれば、おれも予想がつかない「理想のサウナ」が生まれるかもしれない。いいことづくめだ。おれは死ぬまでサウナでととのえる。にわか上等、どんどん来い、である。
しかしだ。その前に、最低限の「サ法」は勉強しておいてほしいのだ。心が広いラグビーファンだって、マナーを知らない若者が粋がって、彼らが愛する選手たちに汚いヤジを飛ばしたりしたら不快だろう。「コラぁ!」となるだろう。みんながみんな気持ちよく楽しむためには、マナーというものは必要不可欠なのだ。つまりこういうことだ。
ザバーン人は、禁煙の場所でタバコを吸っている。
水風呂に汗を流さずに入ることは、それくらい罪深い。
わかってる。たぶん彼らにそこまで悪気はない。ラグビーにもサウナにも、ちゃんとお金を払って楽しみに来ている。
誰かに迷惑をかけようとなんて、さらさら思っていない。ただ、他人へのマナーを気遣う段階までいっていないだけだ。そういう段階は誰にだってある。彼らはサウナをたしなむ上で大切な「サ法」を知らない。それだけだ。
知らないなら知ればいい。そして、それを教えるのが、きっとおれたちオールドサウナーの使命である。
「水風呂の前に汗を流しなさい」。おれのその一言で、目の前のザバーン人は一つ階段を上ることができる。
さあ、言えるのか? おれ。
大丈夫。おれはどっからどう見てもオッサンだ。
自分の若い頃のことを思い出せ。自分が20代のサウナ初心者で、もしもベテランのオヤジにマナーを注意されたとして、「なんだとこのオヤジ!」と思うか? いや思わない。ただただ申し訳なく思うだろう。
しかもこの若者、見た目は絶対にワルじゃない。きっと素直に聞いてくれるはずだ。そうだ、怖くないぞ。
未来ある有望なサウナーのため、ひいてはサウナ業界のため、今後もサウナを楽しみたい自分のため、言うんだ。これは使命だ。
言え! おれ!
「……ち、ちょっと、水風呂に入るときは汗を流してくれます?」
一瞬、2人の間にひんやりとした空気が流れる。
目を細め、なるべくベテランの威厳を保ちながら若者と対峙するおれ。その言葉が自分に向けられていることに気づく若者。
「えっ、あ、ごめんなさい!」と恥ずかしそうに謝る。やっぱり素直な若者だった。
「わかればいいんだ。サウナにはね、マナーがあるんだよ。水風呂はね――」などと追い打ちの説教を垂れるベテランサウナー。よっしゃ見たかサウナ業界! おれはやってやったぞ!!
……そんな場面を妄想しながら、おれはただ恨めしそうにハシャぐ彼らを眺めているだけだった。
水中ですっかり冷えた身体がブルっと震える。「ちょっと入りすぎちゃったかな……」と唇だけ動かしながら、おれは水風呂を後にした。
その後、ととのい椅子でととのいながらおれは強く感じた。
おれにはまだ、ベテランサウナーの覚悟も自覚もない。