遺書(ブログ)

中田翔の「しゃオラァー!」について

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帰宅してファイターズ戦中継をつけると6-3ビハインド。ちょうど清宮幸太郎の打席だった。ノーアウトランナー1塁。
ホークスのマウンドには高橋礼だ。ハム戦ではいつも自信満々なアンダースローの表情はなぜか曇っていた。

清宮に対してはなかなかストライクが入らず3ボールナッシング。その後フルカウントまで追い込むも、最後はわかりやすいボール球を清宮が冷静に見送り四球。ノーアウトで1塁2塁。次のバッターボックスには、前の打席でホームランを放っている宇佐見真吾が立っていた。

あからさまに焦げ臭い。これは何かが起こる。
昨日はそんな予感がする場面からのTV観戦だった。

その数時間前のこと、13時頃だったか。NHK BS1で大谷翔平の開幕戦を優雅に観戦していたら、クライアントから突然電話がかかってきた。
「近くにいますので、今から打ち合わせできませんか? 予定あります?」

いーや、14時からファイターズ戦だよ。
予定あるかだと? あるに決まってんだろうが!

心の中で激しく罵ったが、そんなことを本当に声に出して言うわけにいかず「まあ少しなら……」と近所の待ち合わせ場所まで出かけた。

もちろん断ることもできた。いくらお世話になっているクライアントとはいえ「これから会えないか」は突然すぎる。そして本人もそれは理解しているし、多少引け目を感じているようだった。きっと「いや、今すぐはちょっと……。すんません」の一言で、なんの波風も立たないはずだ。
しかしだ。おれは仕事のクオリティよりも「感じがいい」て売っている。そのキャラをキープしなければ、というお人好し力学に負けたのだ。「近くにいますので」はズルすぎる。

とにかくおれは出かけてしまった。

その甘い選択がまさか、数時間後にあれほどの後悔を生むことになるとは……。

試合の話に戻る。

四球を選んだ清宮の後、宇佐見の平凡なファーストゴロに、ゲッツーを焦ったショート周東の悪送球でラッキーな1点が転げ落ちてくる。
このあたりから明らかに球場の空気が変わるのを感じた。「焦げ臭い」ははっきりと“何かが燃える匂い”に変わっていた。次の中島卓也がさほど粘れずサードゴロに終わっても、不思議とその空気は変わることはなかった。

なんと、左の西川殺しのために登板した嘉弥真、次の杉谷の打席で代わった椎野が連続四球で塁を埋めてしまうのだ。

2アウト満塁。2点ビハインド。

この「絶対に打たなければならない」場面で打席に上がるのは、我らが大明神・近藤健介だ。目下の打率は、近藤にまったく似合わない.267。まだ本調子とは言えない数字だ。
それでもなぜか「絶対に打つ」と強く感じた。「打たないはずがない」と確信した。そして皆さんご存じの通り、その確信は直後に現実のものとなった。

2球で追い込まれた後の甘く入った椎野のストレートを快打。強い打球はショート周東のグラブをかすめ、ボールはセンター柳田の前へ転がっていく。
見事ランナーを2人返し、同点タイムリーとなった。

うおおおおおおおおおおおおお!

と、TVの前で雄たけびをあげるおれ。
ボールをグラブに収めらなかったことを悔しがる周東、マウンド上でうつむく椎野。1塁上では「当然だ」と言わんばかりに表情を変えない近藤大明神。

なんという熱いシーンだ。
これほどに心震える展開はなかなかない。

専門家の大半が優勝予想をしている王者ソフトバンク、そして専門家の大半がBクラス予想をしている日本ハム。
この力関係で、ハムに6-0の絶望を跳ね返す力があるなんて誰が予想しただろうか。もしかしたらファンさえも想像できなかったのではないか。しかしチームは初回に受けた衝撃的なグラスラにもめげずに、腐らずに、あきらめずに、繋いで繋いでついに同点まで持ってきた。

これぞまさしくカタルシス。絶頂。

うおおおおおおおおおおおおお!

と再び叫びだしたい衝動とともに、
なぜか件のクライアントへの恨みがムクムクと湧き上がってきた。

くそっ!くそっ!あいつのせいだ!
打ち合わせなんかに行くべきじゃなかった。
やっぱりこの試合は最初から観るべき試合だったんだ!!!!

壁に頭をガンガン打ちつけたい気持ちに駆られた。寸前で流血沙汰は免れたが、あまりに興奮して情緒はどうにかなっていた。

プレイボール直前にクライアントからの突然呼び出しを食らい、自宅に帰ってきたのが7回表途中。
おれはまさに大逆転シーンという最高の場面から見たことになる。それはそれでラッキーだったんじゃないか?
むしろ前半の辛い気持ちを回避できてよかったじゃないか。

違う。ぜんぜん違う。

先ほど「まさしくカタルシス」と書いたが、あれは嘘だ。嘘じゃないけど自己への偽りだ。
なぜならおれは、1回裏の「栗原のグランドスラム」の絶望を体験していない。カタルシスとは鬱積の解放であり、絶望とか悲しみ、悔しさという感情を経てこそ、その門は開かれる。

おれが試合を見始めた頃、スコアはすでに6-3だった。
初回のグラスラや、一時は6点ビハインドだったという事実は、スポナビで後から情報として知った。
本当にリアルタイムで、絶望の淵から徐々に追い詰めていく様を目の当たりにしてきた人から見れば、おれが感じたカタルシスなど、バーミヤンのレモンサワーほどに薄い。

名作「スラムダンク」のラストシーンで主人公・桜木花道がつぶやく「左手はそえるだけ…」は、それまでの鬱積があるからこそ痺れる。
ドラマというものは、フリがあるからこそ本物の感動が味わえるのだ。

おれは常々こういう試合を見逃したくなくて、毎日欠かさずファイターズの試合を観ている。どんなに大量ビハインドで負けていても、むしろ「これが伝説の試合になるかもしれない」と期待して応援し続けている。

それがこの試合だったのだ。
毎日ハム戦を観続けているというのに、よりによってこの試合を、本当の意味で「体験」することができなかった。ちっとも大げさではなく、悔やんでも悔やみきれない気持ちである。
クライアントから電話が来た13時頃に時を戻したい。
6-0でも諦めずに応援し、リアルタイムで「絶望からの絶頂」を体験できた人たちが心の底からうらやましい。というか、妬ましい

さて、TVに意識を戻せば打席には四番・中田翔だ。

当然これをここまで読んだ人は、この後どうなったかはご存じだろうから、下手な引っ張りはよしておこう。

中田は、この後値千金の勝ち越しスリーランホームランをレフトスタンド上段へ叩き込んだ。

このドラマチックな大逆転劇にふさわしい仕上げである。シナリオが見事すぎる。決めるべき男が、決めるべきタイミングで、最も美しい方法で決めた。

中田は、開幕から湿りがちだった打線を一人引っ張り続けてきた。しかし、ここ数試合はパッタリ当たりが止まってしまっていた。

ちょうど調子を戻してきた上位打線が作ったチャンスを何度も潰した
決定的なチャンスで三振した瞬間、中田がバットを地面に叩きつけようとしてやめた場面も何度か見た。
悔しくて、ベンチに戻って自分の太ももを叩く場面もカメラで抜かれた。

それでも上位打線は中田の前にチャンスを作り続けた。結局勝つも負けるも中田次第なのだ。上位打線は中田の復調を待つように、何度でも塁に出た。

中田翔が打てば勝つ。打たなければ負ける。

これはファンにとっては魔法の言葉だが、中田にとっては呪いの言葉だ。相当なプレッシャーだ。中田は10年間もこいつと戦ってきた。

昨日のホームラン。
打った瞬間、中田の口が「しゃオラァー!」と動いた。

これこそが積み重なったプレッシャーを乗り越えた瞬間の咆哮だ。
鬱積があるからこそ、そこから解放されたときに喜びを爆発することができる。

「良いときも悪いときも応援し続けよう」
とても綺麗な言葉だが、これって意外と辛い。

不振が続けば、ときには愚痴や暴言も言いたくなる。「こんな奴(チーム)もう応援したくない」と思うこともあるかもしれない。
たとえば昨日の試合なら6-0になった時点で、観戦するのをやめてしまうこともあるかもしれない。当然だ。ファンは聖人じゃない。決して責められるべきことじゃない。ストレスと思えることからは逃げていい。

でもそこをグッとこらえることができた人には、必ずご褒美はあると思うのだ。
「信じる者は救われる」とは「信じたことが必ず叶う」という意味じゃなくて、「信じたことに対しては必ず報いがある」ということだ。

勝つと信じても勝つとは限らない打つと信じても打たないことの方が多い。それでも信じ続けていれば、それが叶ったときに、迷いなく心の底から雄たけびを上げることができる。報いとは特権のことだ。

昨日の中田翔のホームランで、おれは中田と同じタイミングで、同じ気持ちで、同じ声量で、「しゃオラァー!」と感情を爆発することができた。打てない姿を観ることは正直辛かったが、だからこそ昨日は最高にいい気分だった。
これが中田を信じ続けたことへの報いなんだと思う。

ずいぶんと長くなってしまった。
今日、朝起きて昨日の興奮が冷めやらなかったので、ついその気持ちをノーカット(ほぼ編集ナシ)でぶつけてしまった。その弊害で、忘れときゃいいことをまた思い出してしまった。

突然の打ち合わせに呼び出したクライアントは許さない。

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