さっき駅前のガストで、「機動戦士ガンダムⅢ めぐりあい宇宙」を観ながらながら飯を食っていた時の事。
「最近、女子高生では立たなくてさぁ。俺も年かね」
妙にデカイ声で、わけのわからない武勇伝を語る、どう見ても20歳前後のニセザイル風の2人組がいた。
自分が若かった頃を棚に上げておいて、「近頃の若者は……」なんてことはできれば言いたくはないが、事実、ファッション・雰囲気・言動どれをとっても、本当にお近づきになりたくない種類の人間である。
そしておれは見た。
ここで、図らずもこれを聞かされた全てのガスター(ガストの客)が顔をしかめていたのだ。
だいたい何だ。
「女子高生では立たなくてさぁ」とは。
何様のつもりだ。いったい何が言いたい。
「俺はモテモテなので、女子高生から女子大生、脂の乗った熟女まで、女は選び放題。遊び放題なのさ。最近は女子高生とヤってさ。まいったよ、モテモテで」
とでも言いたいのか。
「俺も年かね」!? 「年かね」だと!?
ウンコ色に近い茶髪に、ボロボロの古着、必要以上にぶっといシルバーのネックレス。平日の昼間に、妙な姿勢でタバコをふかすその仕草。
貴様、どう見ても社会では絶対に通用しない、高校出たてのヤカラじゃないか。
なんだ。「俺はもう大人の男だから」とでも言いたいのか!?
いいか、大人の男の「立つ・立たない」は、女子高生とか女子大生とかOLとかブランドで決めるんじゃない。女性個々に対する「愛」と「精力」だ。
いい年こいて、イキがった高校生みたいなこと言ってんじゃないよ。
「バカじゃね? いい年こいてイキがってんじゃねえよ」
………………あれ?
おれは、つい考えたことをポロッと口に出してしまったか。
違う、発言したのはおれじゃない。
信じられないことに、このアホに胸のすくようなツッコミをブチ込んでくれたのは、ニセザ(=アホ・仮名)の片割れ・ザイル(仮名)である。
「ま、たしかに俺も2年前までは高校生だったんだけどな、へっへっへ」と卑屈に笑うニセザ。
どうやら2人は「ニセザ<ザイル」という力関係らしい。
「でも最近マジ感じるのが、ある程度のテクニックじゃないと満足できない身体になっちまってんのよ。やっぱ年上だね」
派!? いや、ハ!?
テクニックだ? こいつ何者だ。「満足できない身体」だ!?
こいつは本当にバカか!? ここはどこだ? ガストだ。
断言する。これほどまでのバカは、滅多にいない。こんな奴は絶対に年上にはモテない。モテてたまるか。恐らくだが、このアホは、「年上のテクニック」なんぞ味わったことはない。ただイキがってるだけだ。
「……ってか、オマエ、年上とヤッたことあんのかよ。絶対ないだろ」
「……ま、ないけど」
おおおお、またもザイル。まるでおれの気持ちを読み切ったような質問でニセザを打ちのめし、個人的なカタルシスを与えてくれる。
年甲斐もなく、こういうヤカラは本当にむかつく。
「おまえ、ホントむかつくな」
もはや、すでにおれはザイルの放つ言葉に驚くことはなかった。
おれが向けるシンパシーの眼差しに、ザイルがちらっと視線で応えた(ような気がした)。
間違いない。こいつはエスパーだ。ニュータイプだ。
おれならびに、この近くで聞き耳を立てているすべてのガスターの代弁者だ。
「なんだよオマエ。さっきから突っかかってきやがってよ」
と、しどろもどろのニセザ。
当たり前だ。
オマエは最低のことしか発言していない。
オマエだけが気付いていない。気付かぬうちに、おれを含めたたくさんの人間の反感を買っていることを。
「当たり前だろうが。さっきから頭の悪いことしか言ってねぇだろ、オマエ」
その通り。
あくまで忠実に、ストレートに、おれの気持ちを代弁するザイル。
「えっ、どういう意味だよ。それ」
おいおい、本当にわかんねぇのかよ!
「おまえ、本当にわかんねぇのかよ!」
「……わっがんね~」
ザイルの迫力に心が折れたのか、ニセザは少しおどけた表情で茶を濁す。
……勝った。
おれだけではない。
ここでこれを聞いていた誰もが同じカタルシスを感じていたはずだ。
もちろん、ここにいたガスターの敵、女性の敵、人類の敵・ニセザを撃退したのは他でもない、片割れのザイルである。
では「勝った」のはザイルなのか?
否。
おれが思うに、ザイルは”言わされていただけ”に過ぎない。
誰に? ここにいたおれを含めたガスターたちに、だ。
つまりザイルは”媒介”に過ぎない。圧倒的世論の媒介者である。
人は見かけで判断してはいけないというが、この説は個人的に半分認めて残りの半分は認めない。つまり、ある程度「その人の個性は、見かけで判断できる」派だ。
ここでヒーローになったザイルだが、おれが勝手に思うに、実際はニセザと考え方は大して違わないだろう。いつもはニセザと似たり寄ったりのバカなことを言ったり、調子に乗ったりしているはずだ。だから、こんな2人でも友人でいられる。
ただひとつ。
ザイルの優れていた点は、「人並に空気が読めること」に他ならない。
恐らく、ザイルは珍しく気を使える青年なのだろう。
往来で、馬鹿なことを大声で話すKYな相方。そして彼を突き刺すたくさんの視線を、ムッと押し寄せる圧迫感(プレッシャー)を、ザイルは敏感に感じ取ったのだ。
「あっ、これはヤバイな」「ちょっと面倒だぞ」
ザイルはそう思ったはずだ。
あとは、「イキがる若者はかっこ悪い」「女性をモノのように考えることは、世の倫理に反している」という、高校生でも理解できるような常識・世論にしたがって、”こっち側”の立場からモノを言えばいい。
いや、生来 気を使う性格だけに、言わざるを得なかった。
そして、
「おまえ、バカじゃねえのか?」
おれが念じたこの言葉を、ザイルは見事にレシーブした。
彼をニュータイプにたとえたのは、この部分である。
そう。
エスパーでなくても、心理学者でなくても、レシーバー次第では、”思い”というのは伝わるんである。
という、オチのない話。