TSUTAYAやアマゾンプライムなら数百円で映画が見られる時代、おれが映画をロードショー時期に映画館で観る場合は、2つの理由がある。
一つは「映画館で観る意味がある映画」。
つまり、シーンの迫力や音響がキモになっている映画だ。
これぞという映画は、大きなスクリーンと最高のサウンドで観ておきたい。
最近では『ボヘミアン・ラプソディ』がそれにあたり、実際、昨年末に観てきて大満足だった。
この分野にもう一つ付け足すならば、古くは『アバター』や最近の『スターウォーズ』新シリーズなど、家庭では楽しめない3D映画も、もれなく映画館で2800円払って観ている。
そして二つ目は「ソフト化(レンタル化)まで待てない映画」だ。
今日観てきた『ファースト・マン』がこれにあたる。
おれはNASAやJAXAの宇宙開発の歴史が大好きで、人類史上初めて月へ第一歩を残したアームストロング船長を描いたこの作品が公開されるというニュースを聞いてから、日本での封切り日を指折り数えていた。
しかも監督は『セッション』や『ラ・ラ・ランド』の新鋭デイミアン・チャゼル監督だ。
個人的にはアームストロング船長を主人公とした作品というだけでも十分アガるが、本当に面白い映画を撮る監督だけに、さらに期待は上積みされる。
『セッション』の情熱と狂気、『ラ・ラ・ランド』のエンターテイメント性と切なさ。
おれの好きなニール・アームストロングの半生に、チャゼル監督はどんなスパイスを振りかけてくれるのか。
前日のベッドの中で期待は巨大に膨らみ、大げさに聞こえるかも知れないが、ほとんど眠れずに朝9時の上映時間を迎えてしまった。
あまりに眠れないので、開き直ってYouTubeでアームストロング船長関連の動画やNASAの宇宙開発関連のWikipediaなどを読みふけり、結局2時間ほどしか睡眠が摂れなかったんじゃないかと思う。
しかし、こんな経験はよくあること。
いったん映画が始まれば、睡眠不足など吹き飛ぶだろう。
奇しくもYouTubeとWikipediaで、背景に関する復習も万全だ。
「ジェミニ8号の制御不能トラブルはどう描かれるんだろう」「アポロ1号での親友の死は?」「同僚オルドリンとの確執は?」「月面に足跡をつけるドラマチックな場面は?」
作品の仕上がりに関しての興味は尽きない。
こんなに楽しみにしているんだから、睡魔など襲ってきようがない。
封切り3日目の休日だけに客席はほとんど埋まっている。
9時という早い時間帯のせいか、年配の映画ファンが多い。
おれだけでなく、誰もが作品を楽しみにしている。
ようやく暗くなった。もうすぐだ。
どの場面から始まるんだろう。
っていうか、映画館って本編が始まる前のCMが長げえ……
寝ていた。
気がつくと、ニール(アームストロング)は宇宙飛行士の面接を受けていた。時計を見ることができないので、どれくらい気を失っていたのかはわからない。
でもまあ、少し眠ったお陰で頭はスッキリした。
奇しくも予習はバッチリなので、ストーリーにはついていける。
ここから「NEW 9」の一員として過酷な訓練を受けるんだよな。
地球ゴマのようなエグい訓練機械に座らされて、グルグルぶん回されるニール。
あまりの過酷さに、ニールはブラックアウト(気絶)に陥りそうになる自分自身と必死に戦っている。
そしてなぜか、それとリンクするように、座り心地のいいソファに座っているはずのおれもまた、
寝ていた。
ニールとは真逆の意味でおれもブラックアウトしていた。
どれくらい経ったんだろう。意識を取り戻すと、ニールはまたグルグルと回っていた。
今度は訓練機械ではなく宇宙船だった。制御を失った宇宙船の中でまた、ブラックアウトと戦っていた。
おお、これは有名な「ジェミニ8号」のシーンだな。
頑張れニール。気を失わずに態勢を立て直すんだ。
一緒に地球に帰ろう!
おれも二度とブラックアウトしない。
ニールと自らを重ね合わせて誓うおれ。
やがてニールが宇宙船の制御を取り戻すと、感極まったおれは思わず手を叩いてしまった。
おそらく、初めて作品の中に入り込めた瞬間だった。
ようし、睡魔は完全に吹き飛んだ。
ここからはクライマックスである。
特にアポロ11号の月面着陸の場面は興奮した。
今まで、ザラついた古い映像でしか観たことのなかったあの場面が、最新技術による美しい映像で再現されていた。
まるで本当に自分が月に降り立ったような感覚だった。
ミッションの成功に着陸船内でグータッチするニールと同僚のオルドリン。地上の管制センターでは歓声が沸き起こる。
そしてかの有名な名言。
これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、
ニール・アームストロング
人類にとっては偉大な飛躍である。
書物でしか読んだことのなかった単なる”言葉”が、本当の意味としておれの身体に溶け込んだ。
歴史的な人類の一歩を”目撃”した人間として、誇らしい気持ちさえ湧き上がった。
この感情を受け取れただけでも、この映画にお金を払う価値がある。
無事に戻ってきたニールと会い、安堵の涙を流す妻のジャネット。
その涙に誘われ、おれは目のまわりをグショグショに濡らしながら、
寝ていた。
気がつくと映画館は明るくなり、あれだけ入っていた観客は誰もいなくなっていた。
おれは、この映画館の
ラスト・マンになった。
これが言いたかった。