祐天寺駅で途中下車して散策していた。
この周辺は幼少期によく遊んだ想い出の地域だ。
駅を出ると、まず見えてくるのが駅前ターミナルと、ターミナル中心に立つチープな時計台。その向こうには商店街。商店街の一番手前には、小学生の頃よく友人とエロ本を立ち読み(立ち見)した小さな書店がある。
「意外と変わってねえなあ」なんて、独り言をつぶやいていた。
そんなノスタル散歩で最初に訪れたのが、車1台分しか通れないような小さな踏切だった。ここには東横線と、運が良ければ古い貨物列車が通過する。
友達の家に行くときにはよくここを歩いたものだ。おれが踏切待ちしていた時もちょうど懐かしの貨物列車が通りかかったので、慌ててスマホを取り出してその瞬間を撮影した。
この踏切を渡るとすぐ左に見える古い公団住宅も思い出の場所だ。建物と線路との間に細長のちょっとしたスペースがあり、友達とよくここでドッジボールなんかをして遊んだ。
線路とは逆側(建物側)の壁が板チョコのような形状をしており、友達の間では「チョコ壁」なんて呼ばれていた。完全な壁ではなく60度くらいの急傾斜がついており、勇気をひけらかしたい友達の一人がよじ登って、管理人のようなおじさんに怒られたっけなあ。
他にもよく地面に落書きした小さな路地や、中学時代に仲間と隠れてタバコを吸ったガード下などを回っていると、ちょうど腹が減ってきた。
そうだ、あそこにいこう。
と向かったのがとある古い中華屋だ。たしかここも同級生の家で、子供のころ昼時なんかによくチャーハンを食べさせてもらった。
カウンターと4人掛けのテーブルが2~3台しかないような小さな店内は、常連客でほぼ満席だった。
おれは1席だけ空いていたカウンター席に座り、懐かしのチャーハンを頼んだ。厨房には同年代の女性がいた。もしかしたら同級生が継いでいるかなと思っていたが、そうではなかったようだ。
妹がいたっけなとか、奥さんかなとか思いを巡らせたが、他人の不幸に足を踏み入れてしまうような気がして、あえて声をかけることはしなかった。
ふとその時、上唇にサワサワっと毛のようなものが触れる感触が気になった。よく見ると鼻から1本、長い鼻毛が出ていた。
誰にも見られないよううつ向きながら、その鼻毛を指でつかんで、抜く。
しかし抜けなかった。驚くことに、引っ張った分だけ伸びた。
さらに引くとさらに伸びる。抜けない。慌ててさらに引っ張るととめどなく伸びていく。
片鼻から長い鼻毛を1本垂らしながら、途方に暮れるおれ。
「そうだ、切ってしまえ」と思い付き、隣に座るかみさん(!?)に「ハサミ持ってない?」と聞く。かみさんはイヤ~な顔をしながらバッグをさらい、小さなハサミを無言でおれに手渡す。
「ありがとう」と礼を言いながらハサミを受け取るおれ。
鼻毛の根本に刃をあてがい、ブチっと切った。その瞬間、毛先からは鮮血が噴出し、とんでもない激痛が走った。
「うわああああああああ!」
映画「キャリー」のごとく血だらけになって叫ぶおれ。
眼をひん剥いて隣で固まっているかみさん。
ざわざわとパニックになる店内。
そこで目が覚めた。
恐ろしい夢だった。ただ異様にハッキリした夢だった。
目覚めてから思ったこと。
祐天寺駅周辺には「車1台分の踏切」もないし「チョコ壁」もない。落書き路地も、ガード下でタバコを吸った思い出もない。当然、同級生の中華屋など存在しない。ただし、エロ本を立ち読みした書店はある(当時あった)。
いったい誰の記憶だったんだ。夢ってなんだ。