※ワケあって1ヶ月以上寝かせておいた記事です。今さら加筆修正するのも違う気がするので、ノーカット版で遺しておきます。1ヶ月以上経つと状況は驚くほど変わります。吉川光夫の帰還、鍵谷・藤岡の移籍、大田泰示の離脱、そして清宮幸太郎の絶不調……。そんな記憶は飛ばして読んでください。
シーズン中はよく巨人ファンの友人から世間話のLINEが飛んでくる。
「今日の逆転勝ちが気持ちよかった」だとか「〇〇がまたやらかしやがった」だとか「丸サイコー」だとか、だいたいがその時の感情に任せた他愛もない内容だ。
おれは巨人ファンでもないし、もちろん友人はおれが大のファイターズファンであることを知っている。
どうやら、その友人のまわりにはプロ野球の話題を共有できる相手がいないらしい。だからこの喜びや悲しみを少しは理解してくれる“プロ野球オタク”という大きなくくりでおれに話題を向けたというわけだ。
それがわかっているから、おれはニーズに応じて、なるべく適切なリアクションを取るよう心がけている。
「おお!逆転勝ちって1日の疲れが吹っ飛ぶよな!」
「〇〇ってそんなにやらかすのか。他にはどんな?」
「丸は本当にうらやましいよ!球界の宝!」
すると友人は嬉々として語りだす。おれは昔から”聞き上手”と言われている。
そんなおれでも反応に悩んでしまう話題がある。
巨人ファンとファイターズファンの会話として、定番中の定番のあの話題だ。
「(大田)泰示はハムで花開いてよかったよな」
これを聞くと、なぜかイラッとしてしまう。
もちろん彼の言葉に多分他意はない。友人は本当に「よかったよな」と祝福してくれている。明らかにおれ側の問題だ。
大田泰示は、2008年のドラフト会議で2球団競合のすえ巨人に入団。「準永久欠番扱い」となっていた松井秀喜の背番号55を引き継ぎ、未来の四番として期待されたにもかかわらず、8年間も一軍と二軍の行き来を繰り返していた。
ところが、2017年にトレードでファイターズに入団して以来の活躍は誰もが知るとおりである。すでに3年連続の2桁HRを決め、強打の2番として“ファイターズの顔”にまで上り詰めた。
巨人で頑として結果を残せなかった大器が、ファイターズで今ピカピカに輝いている。
友人は、素直にファイターズの育成力や栗山監督の起用術を讃えているんだと思う。
ならば、なぜおれはこの言葉にモヤモヤしてしまうのか。
「ホントそう。大田は今やチームの誇りだ」などと当たり障りのない返事を打ちながら、心の中で叫んだ言葉が本音をシンプルに表している。
【いつまでもお前のところの選手だと思ってるんじゃねえぞ】
もちろん友人は、そんなつもりはないだろう。
ただどうしても、おれはその友人の言葉のニュアンスから「大田泰示は巨人出身なんだぜ」という低い声を聴き取ってしまう。たぶん幻聴だ。
巨人ファンから見れば大田泰示は「巨人からハムに移籍した選手」なんだろうが、なんの実績もないまま”引き取った”ファイターズ側からすれば、大田泰示は「ファイターズで育った生え抜き」だ。違うけど、そういう感覚になってしまっているのは本当だ。だからヒトんちの選手に対して泰示呼びはやめてくれ。
おれは”聞き上手”で”被害妄想”でもあるのだ。
この”被害妄想”の背景には、おそらくあのトレード発表の衝撃が色濃く残っている。
2016年11月3日。その日は父の命日で、墓参りに行く途中だったから忘れもしない。
ファイターズ吉川光夫・石川慎吾×ジャイアンツ大田泰示・公文克彦の電撃トレード。
このニュースを見た瞬間、おれはスマホを移動中のバスの床に叩きつけそうになったのをハッキリと覚えている。正直に言おう。怒りに震えた。
吉川光夫といえば2012年のMVPだ。以降はエースとして求められる成績は残せていなかったが、当時まだ28歳。再起は十分にありえた。
石川慎吾も将来を嘱望された大砲候補でありながら、誰からも愛されるキャラクターでファンの多い選手だった。
そんな黄金ファイターズの象徴と、ファイターズの愛されキャラが、8年間もファーム暮らしに甘んじている「未完の大器」とやらとトレードされる。学習塾みたいな名前の選手もいたが眼中になかった。
ファイターズのフロントはとんでもないことをしてくれた。父の墓前で手を合わせながら涙が出そうになった。
実際、報道でも「格差トレード」として大いに話題に上っていた。
トレードは、それまで出場機会がなかなか与えられなかった選手に光を当てる合理的な制度だ。それはわかってる。でもこのトレードだけは、どうしても腹に落とすことができなかった。
それでも、おれたちは唇を噛み締めながら吉川光夫を送り出した。
「今までありがとうな。巨人でもエースになってくれ。ずっと応援してるからな」と喉の奥から絞り出した。
そして誓った。
「大田泰示は絶対にウチで花開かせてやる……!」
“花開かせる”のはおれではないが、まあ「心から応援していく」ってことだ。あまりに大きな”犠牲”を払って手に入れた大器。大田泰示には黄金ファイターズの象徴になってもらなければならない。
それから2年半。
応援の甲斐あって(?)、すっかり大田泰示はチームの中心選手になった。
長打も打てる、チームバッティングもできる、時にはホームランもかっ飛ばすファンタジスタとして君臨している。
「彼氏にしたいランキング」では、既婚でありながら、未婚のイケメン西川・中島の次にランキングされる。
大田泰示はもはやファイターズの顔であり、今年優勝するようなことがあれば、本当に黄金ファイターズの象徴となるかもしれない。
学習塾みたいな選手=公文克彦も、絶対的な左のリリーフとして黄金ピースになりえる場所に立っている。
彼らはゼロからファイターズが育てた。おれたちが育てた。
そんな根強い意識から、おれは「元巨人」という消せない経歴を嫌っているのかも知れない。
さて、つい先日のことだ。
骨折から復帰した清宮幸太郎の打席を見ながら、ぼんやりと思った。
スターウォーズのテーマに乗って、本物のジェダイのようなルーティンポーズで投手を睨みつける清宮。場内は割れんばかりの大歓声だ。
そういえば、10年前の大田もこんなふうに期待されていたよな。
今の清宮に負けないほどの大歓声に包まれた背番号55。
当時の巨人ファンは、この青年に巨人の未来を託していたに違いない。数年後には四番に座った大田泰示がホームランを打ちまくり、巨人を日本一に導いてくれる。
ファイターズファンとして清宮を見ていれば、その気持ちは手に取るようにわかる。
近い将来、清宮が誰もが恐れる強打者としてバットを振るっている姿を思い浮かべるだけで心が震える。
そうか、見つけた。
ここまできて、ようやく友人の想いにもう一歩踏み込めた気がする。
決してマウントでも僻みでも、もちろん嫌味でもない。彼ら巨人ファンは本当に大田泰示の現在の輝きを喜んでいる。チームが違っても、あの頃彼らが夢想した大田泰示が今現実のものとなっている。ホームランを打ちまくり、グラウンドで躍動する姿を見ることができる。もちろん巨人打線にいないことは少し残念だろうが、それでも嬉しい。彼らも大田泰示の活躍を誇りに思っている。
「ほら、俺たちの目に狂いはなかっただろ」。
その感情に寄り添えた時、「被害妄想」をできるだけ封印しようと思えた。
そして次に件の友人とのLINE会話で大田泰示の話題になったときのために、こんな言葉を用意しておこうと思う。
「巨人ファンが見たかった未来を代わりに見せてもらって感謝してるよ」。
今後は泰示呼びも許そう。