マイケル・トンキンの今季限りの退団が発表された。
2年契約を1年で打ち切って、である。簡単に言えば「クビ」だ。
今日の時点では理由は明らかにされていないが、違約金は発生するだろうから、ビジネス組織としては余程の決断である。
今季の成績は4勝4敗12セーブ24ホールド、防御率3.71。
よくはないが悪くはない。53試合投げたのだから、リリーフとしては及第点と言える。
たしかに後半戦ことごとく打たれたが、西武の優勝が決まってからの最後の数試合は、前半戦の快投を思い出したかのように良い内容だった。
ようやく日本プロ野球に慣れてきたか。来年に期待できるな!
といきたいところだったが、それでも球団はそういう決断はしなかったようだ。
個人的に思い入れのある選手なので疑問はなくはないが、こうしたシビアな体質も含めてファイターズが好きなので、これがチームにとって最良の判断だったと信じる。ただ「残念だ」という感想にとどめておく。
トンキンは一般的には”良い選手”ではなかった。
特に8月9月は目も当てられなかった。
大事な試合の大事な場面でことごとく打たれた。
満を持してトンキンにつないだのに、2試合連続で逆転を許してフイにしたこともあった。
いま後半戦の残念な場面を思い浮かべれば、必ずマウンドにはトンキンがいたと思えるほどだ。当時のファンの罵倒の声は容赦なかった。
トンキン帰れ
トンキンまじいらん
トンキンなにしに日本へ?
口は悪かったが、ファイターズの勝利を願うファンが怒るのは当然だと思う。それほど大切なターニングポイントで期待を裏切ってきた。
おれも決して例外ではなく、打たれるたびに「トンキンこの野郎!!」と嘆きの声をあげていた。
それでもおれは、どうしても「トンキンまじいらん」とまでは思えなかった。
“凄いトンキン”が、強烈に記憶に刻みこまれていたからだ。
おれがトンキンを「トンキンなかなかやるね」から「トンキン最高じゃないか!」に変わったのは5月31日。現地で観戦した東京ドームの対ジャイアンツ戦(ビジター)だ。
7回まで1失点(F3-1G)でまとめてきた先発の村田透が、突如崩れホームランと四球で宮西に交代。宮西がきっちり後続を断ち、なんとか事なきを得た。
8回は“まだ頼りなかった頃の”石川直也だ。ジャイアンツの追い上げムードに気圧されたのか、コントロールが定まらず連打を許す。やばい、これは石川の悪いパターンだ。応援に力が入る。
がんばれ石川!ここを乗り切ればアイツがいる!
その思いが通じたのか、石川はギリギリのところで無失点に抑えてくれた。
そして9回裏、”アイツ”がマウンドに上った。
マイケル・トンキンである。
ここまで2勝11セーブ。絶対的なクローザーだ。
今でこそ忘れかけているが、あの頃のトンキンは本当にカッコよかった。
「もうダイジョーブ。ナオヤ、よくつないでくれたな」
ベンチでそんなことを言っていたに違いない。石川も心強かっただろう。
マウンドをならすトンキン。その貫禄は、まるでソフトバンクのサファテのようだった。少なくともおれにはそう見えた。
この時点でおれの両腕にはグロいほどの鳥肌が立っている。こういう痺れる場面は大好きだ。
その期待に答えて、トンキンは危なげなくシャットアウト。鼻息の荒いジャイアンツ打線を三者凡退に抑え、見事に12セーブ目をあげた。「トンキン最高だ!!」。ざわつくスタンドの声に紛れて、思わず叫んだのを覚えている。
ちなみに、これがトンキン日本球界最後のセーブである。
5月31日、あの時点のトンキンは紛れもなく”凄いトンキン”だった。
これ以降のトンキンについては、あまりいい場面を思い出せない。
他球団に研究されてしまったからかもしれない。
日本の猛暑に適応できなかったのかもしれない。
単純に日本プロ野球をナメてしまったのかもれない。
理由は知らない。
ただ、どんなに打たれても、おれはトンキンの最高のパフォーマンスを知っている。あの日おれはこの目で見た。
あの”凄いトンキン”を出し続けられればいいんだ。メンタルの問題だ。次の試合は頑張ってくれよ。打たれても打たれても、その繰り返しだ。そして、
来季は頑張ってくれよ!
しかし、この言葉は虚しく、トンキンは日本を去ることになってしまった。
来季こそ、「トンキンいらん」と言っていた人たちを見返すというドラマが観たかったので、残念でならない。
10月14日ヤフオクドーム。
9回のマウンドには、一人前の守護神として成長した石川直也が立っていた。
憎たらしいほどのドヤ顔で、今年日本一になったソフトバンク打線をその豪腕でねじ伏せていた。
そこには”凄い石川直也”がいた。
再び、おれの両腕にはグロいほどの鳥肌が立っていた。
これでファイターズは10年戦える。
ファイターズは大きな財産を手に入れた。
もちろん本人の努力やコーチの指導のたまものだ。
しかしそれまでの期間、必死で9回を守ってくれたトンキンの尽力は決して小さくない。去年、絶対的リリーフエース増井浩俊が抜けて、次世代のリリーフエースへの橋渡しを立派に果たしてくれたことは絶対に忘れない。
トンキン、よくナオヤにつないでくれたな。今までありがとう。