昨日、娘のインフル検査で陰性のお墨付きがもらえてヨカッタヨカッタという話をしたが、実は家族全員が手放しで喜んでいるわけではなかった。
「ぜっっっっったいインフルなんだからもう一回検査してらっしゃい!」
夜にリビングで響く金切り声。
かみさんである。
なぜ娘がインフルでなかったことを喜べないのか。
素直に疑問に思ったので、恐る恐る聞いてみた。
「喜べないっていうか、ぜったいにインフルなの!インフルって診断されれば、一発で治る特効薬があるのにいつまでも可哀相でしょ!この症状をインフルって診断できないあの病院はヤブ」
あまりにも攻撃的な決めつけ。
国家資格を持った医師を超越した鬼診断。
理不尽極まりないが、気持ちの部分だけは理解できた。
娘をインフルだと思いこんでいるかみさんにしてみれば、“娘は本当はインフルなのにインフルと診断されず、正しい治療がされないで苦しんでいる”理不尽に憤っているというわけだ。
しかし、とにかく再び検査をしたくない娘は「えええ、ヤダヤダぜったいヤダ」とへの字口で反抗する。
娘よわかるぞ。あの拷問は2日続けて受けるものじゃないよな。
それに、かみさんの気持ちもわからんではないが、おれもインフルではないと思っている。なにより検査で「陰性」と出ているのだ。
かみさんには悪いが、これに関しては、おれはかみさんより医者を信じる。
取り急ぎ、
「いやいや、お医者さんが『インフルじゃない』と言ってるんだから……」
となだめたが、かみさんは決して譲らない。
「インフルじゃなかったら一体何だっていうの!なんで熱が下がらないで寝たきりなのよ!」
娘もただ聞いているわけじゃない。必死だ。
「薬がきいてるだけだよ!もう喉も痛くないし関節も痛くない!」
そして体温計を脇から出してかみさんにアピールする。
「みて!38.3℃!」
……おい娘よ、その数字はアピール材料としてはなかなか微妙じゃないか。
かみさんは案の定、鬼の首を取ったような顔で
「ほらーーーー!ホラホラホラホラぜんぜん下がってない!」
とさらに攻め込んでくる。
そして、
「いやいや、お医者さんが『インフルじゃない』と言ってるんだから……」
同じことを繰り返すだけの無能な父親。
ごめんよ。お父さん、勝てそうもない。
医者の診断を真っ向から否定できる気持ちはさっぱり理解出来ないが、かみさんはこうなると理屈では決して収まらない。
娘を横目で見ると、母のその気性を知ってか、布団に潜り込んでしまっている。
カンカンッ!
脳裏から木槌の音が聞こえる。
無敵の裁判官による問答無用の判決が下された。
「とにかく!明日わたしが別の病院に連れてくから!」
ついでに、前日にインフルの診断を勝ち取れなかった無能な父親もクビらしい。
一応「インフルじゃなければ何なのか知りたいだけ」と言うが、かみさんは何としてもインフルの診断を取りにいくだろう。
そうなると再度のインフル検査は必至だ。
可哀相に……。
インフル検査前の娘の浮かない表情が目に浮かぶ。
しつこいようだが、娘はすでに検査は済んでいる。
大嫌いなインフル検査に決死な覚悟で臨んで、「陰性」を勝ち取っている。
疑いようがなく陰性が出ているというのに再検査。
娘からすれば栗山監督ばりの無謀な拷問リクエストだ。
リクエストする方はいいが、痛くもない腹を探られる方はたまったものじゃない。
「どうか、せめて痛くしないでやってくれよ……」
もはや無能な父親(3度目)は、声なき声でただ祈るしかないのである。
さて今日、病院から帰ってきたかみさんと娘に聞くと、やはりインフル検査はしてきたらしい。
「痛かったか?そうか痛かったか。2日連続(の拷問)大変だったな」
まずは娘にねぎらいの言葉をかける。
痛い思いをしたと思うが、疑り深いかみさんもこれで満足だろう。
「で、結果は?」
聞くまでもない。重要なのは結果じゃない。娘がインフル検査を再び受けてくれた事実、それ自体だ。
本当はイヤでイヤで仕方なかったのに、おれが弱いせいで娘には苦労をかけた。陰性の結果は出ているのに、かみさんの不安を解くために、ひいては家庭を丸く収めるために、娘は理不尽な拷問に耐えてその身を犠牲にしてくれた。本当に、これには感謝しかない。
「陽性」
いいんだよ結果はどっちでも。大事なのはかみさんの……って、
陽性!?
どっと力が抜ける感覚とともに、熱が上がって関節がジクッときしみ出すのを感じた。
そして、ヤブを見破った母親の愛とその執念に感服せざるを得ない。
これで娘はインフルの特効薬を手に入れ、娘のクラスへのパンデミックは防がれた。
思い出した。
そういえば、栗山監督のリクエストも選手への強い愛情が根本であり、たまに大事な場面で成功する。