先程、王柏融(ワンボーロン)の入団会見が終わった。
YouTubeで生配信していたのを、仕事そっちのけで全部見てしまった。
ファイターズが王獲得のために107ページに及ぶチーム紹介資料を作成し交渉に臨んでいたというウラ話や、背番号99の意味、そして「ロンロン」という愛称の存在など、意外と見どころは一杯だったが、おれが心を鷲掴みにされたのは、冒頭も冒頭、栗山監督の挨拶のなかで発したこの言葉だった。
「(王柏融選手を)連れて行ってしまいます。本当にすみません」
おれは、あの場でこれが言える栗山監督を心から誇りに思う。
当然、謝ることではない。
何より王本人が望んだことであるし、球団間でのビジネス的な交渉も成立している。誰も損はしていないはずだ。
それでも栗山監督は「すみません」と謝罪し、王柏融選手を「連れて行ってしまいます」という言葉を選んだ。
いったい誰に謝っているのか。
台湾のファンにである。
「台湾ファンの宝物を、”オレが”連れて行ってしまう。申し訳ない」
台湾の野球ファンの目線に立って、自然と出てきた言葉だ。
昨年、日本の至宝 大谷翔平を同じように送り出した栗山監督は、ファンの気持ちを痛いほど知っていた。
1年前の大谷のエンゼルスの入団会見を思い出す。
約250人の日米報道陣、1000人以上のファンに囲まれて、英語でスピーチする大谷翔平。それを見ながら、おれはこうつぶやいたのを覚えている。「ああ、本当に行くのか……」。
メジャーに行くことは、この1ヶ月前から既に決まっていた。
頭ではわかっていたが、心のどこかでこんなことを思っていなかっただろうか。
「まだわからん。どの球団とも交渉が成立しなければ1年先延ばしということも……」
わかっている。あり得ない。
でも、今からでいいから戻ってきてほしい。
「嘘でした」って舌を出して。ね、怒らないから!
そんな揺れる乙女心。
大谷のステップアップを素直に喜べないほどの往生際の悪さ。書いていて異様に恥ずかしいが、おれにとって大谷翔平はそれほど大切な選手だった。
まあ個人的な感情の高ぶりはともかくとして、1年前のあの大谷の入団会見は大谷のメジャー入りを祝う日でもあったが、
日本の至宝、大谷翔平がアメリカに連れ去られた日。
日本ファンにとって、そんな意味も持っていたような気がする。
それを思いながら王柏融の入団会見を見ていると、歳のせいなのかな、涙袋がパンパンになってちょっとイケメンになる。
台湾ファンは、今どんな気持ちでこの会見を見ているんだろうか。
もちろん、素直に日本球界に挑戦する王柏融にワクワクしているファンは多いだろう。
しかし一方で、「俺たちの大王を奪いやがって」と目に涙をためて恨んでいるファンもいるはずだ。
そして、あの日のおれのように、今日の今日まで王柏融の移籍を信じたくなかったファンもいるだろう。
栗山監督は冒頭の挨拶で、王柏融への期待を語るより先に、こうした台湾ファンの気持ちに寄り添い、誠意ある言葉をカメラの前で投げかけた。
たぶん、この言葉に報われた台湾ファンは何人もいたと思う。本当に栗山監督には頭が下がる。
万が一台湾ファンがこれを読んでいたら、僭越ながら、おれからもファイターズファンの1人として言いたい。
大王を連れて行ってしまいます。本当にすみません。
でも、ファンもチームも彼を絶対に大切にします。