今日、NPBが各球団の自由契約選手を発表した。
戦力外、構想外として自由契約となった選手もいれば、オリックス金子や中日のガルシアのように、”契約のもつれ”による選手もいる。ちなみにファイターズのレアードとマルティネスも、(ややニュアンスは違うが)どちらかといえば後者だ。早く決着をつけて札幌に戻ってきてほしい。
今日発表された自由契約選手の中で、おれがもっともドキッとさせられたのが巨人の上原浩治だ。
どうやら「戦力外」ということではなく、上原は球宴前から状態の悪かった左膝の手術を受け、その状態を見てから(遅ければキャンプ後)巨人が再契約、というのが既定路線らしい。
おれはどちらかといえばアンチ巨人だが、巨人にはこの上原浩治という選手だけは、本当に大切にしてほしいと願う。
今年3月20日の東京ドーム、ファイターズ対ジャイアンツのオープン戦での上原の日本球界復帰後初登板を思い出す。その日おれは3塁側内野席であの瞬間を目撃した。
たしか7回表だ。上原がアナウンスされた瞬間の、球場全体に湧き上がるグワァ~~~!というどよめきは、今でも脳裏に焼き付いて離れない。
そのどよめきは、やがて球場全体の上原コールに変わっていった。
「ウエハラ!ウエハラ!」
もうこの時点で、敵ながら全身鳥肌モノだったが、すぐ目の前の席に座っていた巨人ファンの青年が
「うえはらぁぁあぁぁ~~~!!! 待ってたぞおおぉぉおおぉぉ~!!!」
と、声を裏返しながら涙声で絶叫していたのを見て、おれも少しもらい泣きしてしまった。
日本球界での登板は実に9シーズンぶりだ。
その青年は小さな子供のようにシャツの袖で目を拭いながら、ただひたすら上原の名前を何度も叫んでいた。
見たところ二十歳そこそこといったところだから、小中学生の頃から上原の大ファンだったのだろう。いつか上原が巨人に復帰してくれることを信じて、ユニホームは捨てずにタンスの奥に取っておいた。
そして、ついに今日、その日が来た。
彼は「UEHARA 19」と書かれた、小さめのユニホームを着ていた。
上原はその後1イニングを無難に無失点で抑えた。しかし、どんな球を投げたかとか、急速がどうとか、コントロールがどうとか、そんなことはどうでもよかった。
上原はただマウンドに上がるだけで、その背中を見せるだけで、敵味方関係なく、そこにいた全観客を感動させたという現実。
これは、勝ち負けなど関係ないオープン戦の1シーンである。
オープン戦は開幕に向けた調整試合であり、言葉を選ばずに言えば「ただの練習試合」に過ぎない。抑えれば「順調だな」と思うだけだし、打たれれば「本番は気をつけてくれよ」となるだけだ。抑えても打たれてもいい。この試合の勝敗を気にするファンは少ない。
では観客は何に感動したのか。
それが、「上原浩治」という選手が背負っている物語なんだと思う。
9年前にアメリカへ旅立っていった元エース。
メジャーでもリリーフエースとして活躍し、40歳を超えるまで一線で頑張った。
自由契約となり、そのままメジャーリーガーとして引退してもよかったが、今年、ファンのためにもう一度巨人のユニホームを着てくれた。
そしてあの日、上原コールがかかったあの瞬間こそが、物語のひとつのクライマックスだった。
球場を揺らすようなどよめきは「おかえりなさい」の声である。
そして「帰ってきてありがとう」という感謝の声である。
これからも上原の投球が見られるなんて「嬉しいぞ」という喜びの声である。
グワァ~~~!
地響きする東京ドーム。
興奮はスタンド全体を飲み込み、オレンジのタオルが津波のように波打つ。
マウンドに向かって黄色い声で手を振るジャイアンツ女子。
壊れんばかりにカンフーバットを叩いて喜ぶキッズ。
眼鏡を持ち上げて、静かに両目を拭うオールドファン。
タオルを回しながら半狂乱に泣き叫ぶ、19番のあの青年……。
そして。
その想いを一身に集めてマウンドに立つ背番号11の背中。
美しい。
これほど美しく感動的なワンシーンがあるだろうか。
すべては、上原浩治という選手が背負っている物語があってこそだ。
球団は、こんな選手は絶対に大切にしなければならない。
今季の成績は36試合にリリーフ登板して0勝5敗14ホールド。
5敗は喫しているが、同時に14ホールドしていることからも、(巨人戦はほとんど見ていないが)重要な場面でマウンドを任されていたことが見て取れる。防御率3.63も悪くない。
究極に無責任だが、大丈夫だ。少なくとも来季まではまだやれる。
というか、万が一やれなくても、ファンのためにこの物語は大切にしてほしい。半端な終わらせ方だけはしてはいけない。
少なくとも、引退は来季以降にしてほしいんだよ。
ファンのためだけでなく、”空けてくれた”菅野のためにも。
この物語のラストシーンでは、主人公にはやっぱり栄光の背番号「19番」を背負っていてほしいのだ。