遺書(ブログ)

競馬場でしか味わえない熱を五感で感じろ。

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昨日、中山競馬場に行ってきた。

以前働いていた会社の後輩2人が「競馬を教えてほしい」というので連れて行ったという大義名分もあるが、何よりおれ自身が競馬場が好きなのだ。

数日前からそわそわして、夜はなかなか寝付けないほどだった。

あの巨大施設の中に数千人・数万人もの競馬ファンが集まり、その全員の視線が雄大なコースで華麗に走る競走馬たちに集中する。
特に最後の直線では、誰もが興奮して我を忘れる。
「そのまま!」「4番!」「差せ!差せぇー!」
つい大声で叫んでしまう。

応援した馬が、思い通りにトップでゴールを切ったときの絶頂感。仮に勝てなかったとしても、その気持ちの高ぶりはまず他では味わえない。

普段はあまり興奮しないおれだって、自然と大声で叫んでしまっている自分に気づいてハッとさせられることがある。
間違いなく、スタンド全体の雰囲気のせいだ。周囲で、拳を上げながら同じように楽しんでいるたくさんの人々のエネルギーのせいだ。
独特のライブ感からくる興奮は、テレビで見るそれとは全く種類が違う。

一緒に行った後輩たちは、競馬新聞の読み方すら怪しいレベルだと聞いている。
だからこそ、彼らには是非その異次元の快感を感じ取って帰ってもらいたい
それが、前述の大義名分を背負ったおれの義務であり、最も伝えたいところだ。

馬券で勝てなくたっていいんだ。
競馬場でしか味わえない熱を五感で感じろ。この極上のエンターテイメントを楽しめ。
最終レースが終わったとき、たとえ財布の中身が減っていたとしても、きっとその楽しい時間への対価だと思えるはずだ。

競馬新聞の読み方と馬券の買い方を教えると、アラフォーの2人は小学生のようにはしゃぎ始めた。
2人とも出版社のクリエイティブ職なので、自ら楽しむ力はもともと備わっている。

1人はパドックに入り浸り、「黒い馬がカッコよかったから」と単勝141倍の馬に100円だけ賭けたりしていた。
もう1人は、「この記者の予想がよく当たっているから」と、手持ちの競馬新聞の印通りに買っていた。

まだまだ本来の楽しみ方とは言えないが、そんなことをいちいち言及する野暮はしない。
独自の理論を構築して、「予想を当てる」という快感を覚えるのは次のステージだ。
彼らはいま、初めて知るこの競馬場という空間を思い思いに楽しんでいる。それでいい。

「黒い馬!こい!こい!」「ようし!11番いけー!」

などと、最後の直線で楽しそうに叫ぶ2人の横顔を、えびす顔で見つめるおれ。

「本当に連れてきてよかった」

序盤から幸せな気持ちになれた。

これで1つでも2つでも堅い馬券が的中してくれれば言うことないんだがな――とも思ったが、そんな思いもまったくの杞憂だった。

午前中の4レース目には、競馬新聞の印通りに買っていた方の後輩が初勝利をあげた。

「生まれて初めて馬券で当たった!」と大きなガッツポーズを作る彼は、普段はこれほど感情を表に出す性格ではない。
握手を求めると、その右手が手汗でぐっしょりだったことに気づき、おれもちょっと感激して目頭が熱くなった。

そして次のレースでは、なんとパドック競馬の彼が3連複の万馬券を取った。
3頭のうち2頭は、印がしっかりついている本命ラインだったが、1頭だけとても予想できない大穴馬が3着に滑り込んでいたのだ。

なぜこの馬を買えたのかを聞くと「パドックで後ろのオッサンが『2番がいい、2番はいいなぁ』と連呼していたから」だそうだ。
「それって本当に存在したのか?競馬の神様じゃないのか?」などと冗談を飛ばしながら、同じく熱い握手で祝福した。

その後も2人は競馬そのものを楽しんだだけでなく、いくつかの馬券も的中させたようだ。
2人ともこの日の収支をプラスで終えられたということで、初競馬にして、彼らは競馬というエンターテイメントを、無償どころかお金をもらいながら思いっきり享受できたことになる。

本当によかったなあ……。

連れてきた身としてはホッとした。
2人の競馬デビューを華々しくサポートできたことを心から誇りに思う。
これで彼らは競馬を好きになる。

最終レースを終えて、2人の記念すべき”馬券の換金”に立ち会う。

2人合わせて2万円強。
奇しくも、おれが今日スッた金額とほぼ同額だった。

帰りにアーモンドアイちゃんのぬいぐるみ(¥1,000)を購入して帰途についた。

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