遺書(ブログ)

野球に興味のない人は、大谷翔平を知らない。

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昨日得意先で打ち合わせが終わり、初対面の若い担当者と雑談モードになったときのこと。

「お休みの日はどんなことをされてるんですか?」と聞かれたので、「毎日休みみたいなもんですよ(笑)」と軽く自虐を挟みつつ、「シーズンに入れば野球観戦ですかね。わたし日ハムの大ファンなんですよ」と嬉々として答えた。

すると彼は何かを思い出したように
「あぁ~!去年アメリカで活躍しましたよね!えーと、あのー……」
とぶち上げておいて詰まってしまう。

「あのー、ええと……」

「大谷ですか?」

「そうそうそう!大谷選手!日本人として嬉しいですよね」

明らかに彼は無理をしている。たぶんこの話題は続かない。
おれに合わせてくれようとするその健気な表情を見ながら、おれは当たり前のことに気づいた。

そうか。

野球に興味のない人は、大谷翔平を知らない。

もちろん多くの人は知っているが、”そういう人もいる”ということだ。

おれは野球界の至宝の名前を知らない彼に呆れているわけではない。
おれの方が知らないことはたくさんある。そのかわり、おそらく高学歴であろう彼は、おれにはない膨大な知識を持っている。

それにしてもだ。

“日々情報に触れていれば、さすがに大谷翔平くらい知ってるだろう”

わかるがそれは傲慢な考え方だ。

もちろん彼も日々情報には触れているはずだ。
現に彼は「去年アメリカで活躍しましたよね!」までは知っていた。
きっと大谷のニュースや記事は何度か目にしたことはあったと推測される。ただ名前が出なかった。

これはおかしなことでも何でもない。

例えばおれは最近のノーベル賞の日本人受賞者の名前を言えない。
昨年”誰か”が受賞したことは知っている。何となくニュースで騒がれているのを見た記憶があるからだ。
しかし名前はおろか、顔も受賞部門も出てこない。聞いたことも見たこともあるはずだが、興味がないことは頭に入ってこない。

それと同じことだ。
彼は野球に興味がない、ただそれだけのことである。
興味分野は人によって違うもので、一つの側面だけの知識で他人を測ってはいけない。

このまま続けてもお互い辛くなりそうなので、変な目線だが、話題を変えてあげたかった。

「寒くなりましたね……」

と、窓の外を見ながら無難な話題に転換しようとした瞬間である。

「大谷選手はバッターもピッチャーもやれるんですよね」

食い気味に彼は屈託のない笑顔で続けてきた。

「そ、そうなんですよ。ちょっと怪我しちゃって投げる方は今年できないんですけどね……」

とりあえず、おれは受けた球をそのまま投げかえす。すると

「えええええ!どうしてですか!?」

かなり盛り感のある大げさな彼に対し「ええと、右腕に違和感がですね……」と説明しながら、二人揃ってドツボにハマりかけているのを強く感じた。

なるほど、このパターンになるか。

質問と説明の応酬である。

だいたいの人は質問されると嬉しい。
“自分に興味を持ってもらえている”という喜びと同時に、目上として”教えを乞われている”構図になるからだ。営業職の彼は自然とそのテクニックを使おうとしている。
人によっては気分が上がって、えびす顔で薀蓄を語ってしまうんだろう。

ただしおれは違う。話下手なので、申し訳ないが面倒だと思ってしまう。
しかも、たぶん彼は大谷翔平について知識を深めたいわけじゃない。単なる沈黙潰しだ。

もちろん彼は年長者であるおれを立ててくれている。それは重々承知している。
その気持ちはとても嬉しい。

ただ、

おれを楽しませるため無理をしている彼。

その気持ちに居たたまれなくなっているおれ。

勝者がどこにもいないこの構図が何より辛かった。
笑顔を崩さない彼も、きっと同じような気持ちだ。

ここは、年長者がどうにか上手にたたんでやらねばならない。

では、どうすればいい?
思案を巡らせた、まさしくその時である。

おれのスマホがバイブした。
画面を見るとLINEが一通届いていた。それを見ながらおれはそそくさと荷物をまとめる。

「あの、ちょっと急用ができまして……。すみませんが出ますね」

「あっ、そうですか!ではよろしくお願いします!」

「はい!また連絡します!」

脱出に成功した。
心なしか、去り際に見た彼の顔もホッとしたように見えた。
もちろん、おれもホッとした。

得意先のビルを出て、おれは今届いたばかりのLINEを覗く。

実は「日本ハムファイターズ」から送信された映画情報だった。
今日おれ(と彼)は、奇しくも日ハムに救われた。

世の中には、ついていい嘘も存在する。

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