遺書(ブログ)

爆発が芸術だ。

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娘(14)の絵が区のなにかに選ばれたというので、今日かみさんとその展示会場に見に行ってきた。
一応、娘も(かみさんが)誘ってみたが「なんでわざわざ自分の絵を見に行くのよ」とド正論でかわされた。

まあ区のなにかに選ばれたと言っても、賞を獲ったとかそういう「おおそれはスゴイっすね」的なアレではなく、計算上3人に1人が選ばれる「まあ、わりとよく頑張りましたね」的なアレである。

絵画、版画だけでなく、粘土や彫刻など立体作品まで、各中学校から30作品、区の中学校が27~8校あるはずなので、つまり800以上もの作品が展示されたわりと壮大な展示会となっていた。

それだけに、作品のレベルは玉石混交。「うめぇなこれは!」と両手を挙げて感心するほどのクオリティから、「お……おぉ。よし頑張った!」という努力賞まで、一緒くたに並べられていたのが面白かった。

ちなみに娘の作品はこれ。

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テーマは「遠近感のある絵」。
遠近感があるかどうか(テーマに添えているか)といえば、「う~ん」な感じだが、親の贔屓目では、色使いと発想がなかなかのものだと思う。
ただタイトルは「宇宙空間」ではなく「銀河鉄道」のほうがよくないか娘よ。まあ本人には言えないけど。

せっかく来たのだから、他の作品もざっと見物していくことにした。端から順に目を通していく。

前述したように選抜ラインが比較的ゆるいので、テクニックこそばらつきがあったものの、一貫して感じたのは「中学生はすごいぞ!」だった。

おれも50手前だ。本格的な美術館に行くこともあるし、それなりに本物の作品は見てきた。それらと比較して、当然うまくはない。中学生だから当たり前だ。

しかし、全く別のベクトルでの刺激は確かに感じた。有り体に言えば「感動した」。

思春期ど真ん中。多感でありつつも、まだ何色にも染められていないむき出しの感覚が、会場のあちらこちらで眩い光を放っていた。

完全に爆発していた。なにが?
芸術が、である!

これなんかスゴイ。他校の1年生の作品である。

ハッキリ言って、単体ではなんだかよくわからない。
「心の中心はどこにある?」というタイトルを聞くと、ようやく少し見えてくる。

不思議なフォルムをした物体は、丸みを帯びて明るいパーツと、トゲのある暗いパーツとに真っ二つに分かれている。
明るい部分はなにやら楽しそうだが、ところどころに雲がかかっているのが気がかりだ。暗い部分には、(写真ではよく見えないが)痛々しい無数の釘が突き刺さっている。
彼(彼女?)の”心の中心”は今、このいびつな物体の中で、左右を行ったり来たりさまよっているに違いない。
こんな50手前のジジイにも、そんな中学生特有のでデリケートな感情が感じ取れる。

上手くはない(すまぬ)。
上手くはないが、芸術(音楽を含む)は決してテクニックではなく、言葉に出来ない意識のもやもやした部分を表現するものだ。それが、なんとなくだが、確実に伝わってくる。先生はどのような指導をしたのか。そのへんにも興味が湧いてくる。

芸術が人を感動させるんじゃない。
感動したらそれが芸術なのだ。

誰が言ったか忘れたが、そんな言葉を思い出した。

その言葉に寄り添って考えれば、間違いなくこれは芸術だ。芸術が爆発なのではなく、爆発が芸術なのだ

帰りの車中。
些細なことから、かみさんと言い合いになって、ついには大爆発した。

言うまでもないが、もちろんこれは芸術なんかじゃない。

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