遺書(ブログ)

アリガトウゴザイマシタ

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よく行く近所のファミマでは、深夜に行くと必ず外国人の店員がワンオペで働いている。
昨夜もそうだった。

ワンオペなので、レジに行ってもだいたい店員は他の作業をしていて、「すいませーん」と少々大声を出して呼ばないと会計ができない。

呼んだら呼んだで、急ぐでもなくゆっくりとレジに入り、ムスッとした表情のまま、無言で商品をレジに通し始める。

いや、別に怒ってはいない。
深夜は何人もスタッフを配置してくれるわけじゃないので、この店員もきっと大変なんだろう。おれは商品を買えればいい。コンビニに過剰なサービスなど求めていない。
ただ、日本人の店員ならば「お待たせしました~」くらい言うんだろうな……などと、無意味な比較をして少しだけイラッとしてしまっている自分に気づく。

胸元をよく見れば、名札には「研修中」の文字。
コンビニって、研修中の店員にもワンオペで入らせるのか……などと心のメモ帳に書き込みながら、「まあ研修中だから仕方ないか」と気持ちをリセットした。

そうこうしているうちに、会計額がレジに表示されたので、
支払いにSuicaを指定して、レジ袋に入った商品とレシートを受け取る。
それでもなお、彼は無言だった。それどころか、おれが帰るより先にレジから立ち去ろうとしていた。

いや、別に怒ってはいない。
さっき中断した作業を早く終わらせてしまいたいんだろう。わかるぞ。根は真面目なやつなんだ。おれは商品を買えた。それでいい。
まあテンプレで「アリガトウゴザイマシタ」くらい言ってもいいんじゃないか?……とは思ったが、さらなる「イラッ」の浪費がバカバカしかったので、気持ちを即座に鎮火した。

ただ、レシートを見て、Suicaの残高が残り少ないことに気づいてしまった。
忙しいところ申し訳ないが、次のためにここは面倒臭がらずにチャージしておこう。

作業に戻ろうとする店員を「すみません」と引き止めて、
「Suicaにチャージしてもらますか?」と聞いた。

呼び止められた店員は、ここで初めて口を開いた。

「す、スッ!?」

先程まで氷のように無表情だった彼の顔が一変した。

……おや?

まだ日本に来て間もないのかな、と思い、ゆっくりと言い直した。今度はSuicaを指さしながら。

「スイカに、チャージを、してください」

「すい、ちゃ、ちゃ、じ?」

なんなんだこれは。
まるで伝わる兆しすらない苛立ちに、おれはつい声を荒げてしまった。

「Yes! チャージ! ディス!」

口調が強すぎた。
言ってしまった瞬間に後悔したが、もう遅い。

その声を聞いた彼は、本当に申し訳なさそうに

「スミマセン、ワカリマセン、ゴメンナサイ」

と、少し悲しい顔になって目を伏せた。

彼がどの国から来ているのかは知らない。
しかし勝手に察するに、言葉も通じない島国に来て、必死で日本語を覚えて、ようやくバイトできるまでになったのだろう。
インド系だろうか。それまで顔すら見なかったが、よくよく見れば、あの方面特有の賢そうな顔をしている。
実は国ではエリートで、日本の一流大学か何かに留学しているのかもしれない。

見るからに肌の色も顔つきも日本人とは違い、まだ日本語もたどたどしい。
日本人と接する場で働いていれば、いろいろ理不尽な思いもさせられてきたことだろう。そして今は、職場には頼れる先輩もいない。
そんな孤独の中、彼は課せられた仕事を必死に全うしようとしている。

そう思うと、おれは痛烈にいたたまれない気持ちになった。

もうやめよう。別に今チャージすることはないじゃないか。
わかる日本人がいる昼間にまた来ればいい。

「大丈夫ですよ。今度にします」

と言って帰りかけた、その時である。

「チョットマッテ、クダサイ」

店員が、たどたどしい日本語でおれを呼び止めた。

「モウイチド、サッキノ、イッテクダサイ」

もう一回聞いてどうするのか。
わからないと言っていたじゃないか。無理しなくていいってば。

「いや、いいですよ。昼間にやってもらいますから」

それでも帰ろうとするおれに、彼はまっすぐ目を見てこういった。

「オネガイシマス、ワタシノ、ベンキョウノ、タメニ」

つまり、こういうことのようだ。
少し立ち話しながら判明したんだが、彼は「Suicaにチャージする方法」どころか、どうやら、おれに何を頼まれたのかすらわかっていないらしい。
だから、先輩がいる時に「こう言われたんですけど、どうすればいいんですか?」と質問したい。
そのために、おれに聞かれたことをメモしておきたいのだそうだ。

「面倒くさい」と撥ね付けることもできた。
しかし、先程強く言い過ぎたことを後悔しているおれは、これを快諾した。
もう一度、ゆっくりと繰り返した。

「スイカを、チャージ、してください」

おれの言ったこの言葉を、彼は紙に写し取る。

「エット……ス、イ、カヲ…」
なんてつぶやきながら、下手くそなひらがなで必死にメモを取っているその姿を見て、何だかおれはたまらない気持ちになった。

彼らが、この日本で”ものを覚える”というのは、本当に大変なことなんだ。
たぶんコンビニの先輩たちも、スイカのチャージの仕方までは教えきれなかったんだろう。なぜなら日本語では伝わりにくいから。
きっとある程度の基礎だけを教えて、“わからないことがあったら聞いてね”的なスタンスで対応しているに違いない。

だから、明日にでも正確に質問すべく、彼はメモを取っている。前もって教えてくれなかったことを恨んだりはしない。こんなこと、彼らは理不尽だとは思わない。

見知らぬ国で生きていくということは、こういうことなのだ。

おれは人知れず目頭を拭い、笑顔を作って彼に聞く。

「もう……、大丈夫ですか?」

すると彼は、眩しいほどの笑顔で答えた。

「はい!アリガトウゴザイマシタ!」

誰にも聞こえない声で「……できるじゃねえか」とつぶやくおれ。

次からは、会計のときにそれをやれよな。
もちろん、テンプレでいいからさ。

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