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「ユージュアル・サスペクツ」(1995)/ラストのみ憶えている状態で再鑑賞したら……という実験

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大昔に一度観て、そのどんでん返しの見事さにえらく感動した記憶だけ残っていたので、(たぶん)20年以上の時を経てもう一度観た。

さすがに「カイザー・ソゼ」の正体は憶えていたが、物語の内容と、衝撃を受けた展開はほとんど記憶していない。そんな状態でもう一度観たら、どれくらい楽しめるのか。そんな実験的な意図も少しありながらの再鑑賞だった。

結論だけ言えば、ちょっと厳しかった。

思惑通り、やはり20年前の記憶はほとんどなかった。導入から、いい具合に既視感のないシーンが続く。現在と過去を行き来する構成は複雑で、集中していないと置いていかれる。

こうして中盤までは気を張って観ていたが、ストーリーに追いついた中盤からは、洪水のように記憶が甦ってきた。

「そうだった、ここからああなってこうなって、こうなるかと見せかけてああなるんだ」

ラストシーンまで思い出してからは、茶番を見せられている気になってきた。冷静に見返すと、ストーリーもそこまで凝っているわけじゃないし、各シーンも地味で退屈。

この実験的な再鑑賞を経てわかったことは、この「ユージュアルサスペクツ」が「名作」と讃えられるのは、残り10分の怒涛のどんでん返しによる「騙され気持ちよさ」のみだということだ。

ラスト10分だけの駄作だったぞ……なんてことを言いたいんじゃない。

地味で退屈でも、実は意味のないシーンはひとつもなく、散りばめられた伏線はきっちりラストで回収している。観客が100分中90分間「つまらない」と感じたとしてもラストの一撃で「面白かった」にひっくり返すという卓越した構成力は、再鑑賞することで冷静に実感できた。最後に刑事が取調室の壁を見ながらすべてに気づいたあのシーンは、二度目でも鳥肌が立った。

当然ながら、再鑑賞が初鑑賞の衝撃を超えることはないが、それでもこの作品の価値は変わらない。20年前でも☆5をつけただろうし、また20年後に観てもきっと☆5のままだと思う。

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