遺書(ブログ)

天使のほほえみ

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地元のファミレスで、僕は彼女とちょっと遅いランチを取っていた。
今夜は聖なる夜。本当は一流レストランでシャンパングラスをカチン……なんてのが理想だが、週二回のバイト料だけが頼りの学生の身では、テーブル上のフライドチキンと2人分のハンバーグセットが精一杯だ。

でも、それでいいみたいだ。
だって、彼女はさっきからずっと、黙ってスマホばかりいじっているのだから。
いつものことなのだが、時々聞きたくなる。なあ、僕のこと、ちゃんと見えているかい?

店内の有線から流れてくるのは、今日のための定番曲『クリスマス・イブ』だ。この歌は本当にいい。僕が生まれるずっと前に発表された曲だから、それこそ赤ん坊の頃から毎年この時期に聞き続けているというわけだ。だというのに、何度聞いてもなぜか飽きない。
たぶん、これが「名曲」と呼ばれる所以なのだろう。

その証拠にほら、この曲が流れると、なぜか街がキレイに見える。クルマのヘッドライト、街頭の灯かり、地元の生活感ある主婦たちや、少し無理やりな商店街のイルミネーションだって。そして、僕の精一杯のおごりランチにも「うれしい」とも「ありがとう」とも言わずにケータイに没頭する僕の彼女の横顔さえも、山下達郎は美しく演出してくれる。

そんな彼女をしばらく夢心地で見とれていると、見た目とは違うガサツなギャル声が現実に引き戻す。

「タカシ今日は1人なんだって。ウケる」

表情は大してウケていない。
「タカシ」とは、彼女の男友達の1人である(僕は知らない人物)。恋人との食事中に時折漏らすこういう言葉一つ取っても、彼女はどこかおかしい、と思ったりもする。

彼女とは夏休みの初めに出会ったから、つき合って半年になる。
最初こそ一緒にいるだけでハッピーになれる、いわゆる「人もうらやむ」恋人同士だった。でもそんなムードは、小さなきっかけで突然消える。
あれはたしか僕の学校が始まり、互いの時間を共有できなくなってからだ。あの頃から2人の心に決定的な距離が開いてしまった。

10月にはこんなことがあった。
深夜に突然彼女からのLINEが届いた。「いま、終電に乗り遅れて渋谷にいるんだけど、迎えに来て」という内容だった。

ちょうどその頃、僕は翌日に必修科目の課題の提出を控えて、せっせとレポートを仕上げていた。渋谷まで行って帰ってくれば、タクシーを使っても2~3時間はかかってしまうだろう。レポートの進み具合を考えると、このロスはあまりに大きい。
この課題を逃すことは、大切な必修科目の単位を確実に落とすことを意味する。本当は、当然それどころじゃない。

「今日は無理。始発を待ちなよ」と返信するべきだったが、その決断は簡単じゃなかった。
彼女は酔っ払うと路上でも寝かねない子だ。ナンパ師や、ガラの悪いヤンキーたちが蠢く夜の渋谷なんかに朝まで1人で置いておくのはさすがに心配すぎる。

この判断は、単位と彼女どちらをとるか……つまりこういうことなのである。僕は、大学まで行かせてくれた親の心配そうな顔と、寒空で震えている彼女を相互に思い浮かべた。

数分後、気がつくと僕は渋谷に向かってタクシーを飛ばしていた。246号はまったく渋滞していなかったが、タクシーのスピードがもどかしく感じた。

ようやく約束のモヤイ像前に到着する寸前で新しいLINEが届いた。
「ごめーん、たまたま渋谷に車で来てたタクヤに送ってもらっちゃった」
タクシー料金は8000円を超えていた。
僕はその瞬間、財布の中のお金と、進級に必要な必修科目、どちらも失った。

とにかく彼女はこういう子だった。
悪くいえば自分勝手、良く言えば天真爛漫。

8月の彼女の誕生日には、1ヶ月分のバイト料をほとんどつぎ込んでネックレスを贈った。でも、それを着けてくれているところは一切見たことがないし、もちろん今日も着けていない。
デートでの食事はすべて僕のおごりだが、「ありがとう」という言葉は聞いたことがない。今だって目の前のハンバーグにはほとんど手を付けずに、無表情でスマホをいじっているだけだ。

悪気はないんだと思う。以前、「あなたの前ではありのままの自分でいられるんだよね」と言われて嬉しかった。
女子の友達関係は大変だ。気を使って大変なこともあるんだろう。だから、僕の前だけでは気を使わずに、ありのままの彼女でいてほしい。思いっきり甘えてほしい。僕もそんな恋人でいたいと願っていた。

「願っていた」。過去形である。

僕は、ある決心を胸に、彼女の正面に座っている。
そう。

僕は今日、彼女を振る……!

僕の前でナチュラルなのはいい。でも、たまには笑顔も見たかったし、わかりやすく愛情を感じたかった。
贈り物や食事する度にとは言わないが、ときどき感謝の言葉くらいはほしかった。
会話だって、僕から振るばかりじゃなくて、彼女の方からも話題を振ってほしかった。

彼女が今日、当然もらえるだろうと思っているクリスマスプレゼントも用意していない。もうお金も愛想も尽きてしまった。

つーか、いい加減そのスマホをしまえ!!!

彼女はよく「わたし、彼氏がいなかった時期がないんだよね」と自慢していた。
結局、僕はちょうど前彼と別れたタイミングに現れただけの「つなぎ」には都合のいい男だったんだろう。人がよさそうで、一緒にいてイヤじゃない男が、たまたまそこにいた。きっとそれだけだ。
本当の意味で、たぶん僕なんか好きじゃない。

こんな一緒にいて面白くもない、お金もない僕なんて、いつ別れても良かったんだろうけど、プライドの高い彼女のことだ。イブを一人で過ごすのは我慢のならないことだったんだろう。

「つかタカシひどいわ。そのうち私あなたに振られるって。逆ならわかるけど。ウケる」

スマホ画面を見ながら目も合わせずに彼女は言った。
相変わらず表情は大してウケていない。

そうさ、タカシくんの言う通りだ。
僕が君を振るんだ。振られるのは僕じゃない。散々振り回された挙句に、さらに振られるなんて真っ平ゴメンさ。
今だ、言ってやれ。
「ああ、たった今振られるよ。僕にな!」って言ってやれ。
「実は……!」と、用意していた言葉を切り出そうと思った瞬間だった。

「ところで」

彼女は首を傾げながらLINEの画面をこちらに見せてきた。

「サゲマンって……なに?」

もう我慢の限界だった。
僕はつい声を荒げてしまった。

「お、おお、おオマエのことだ!!!!!!」

キョトンとする彼女の後ろの席で、ニコニコ笑っている50がらみの薄毛の男性と目が合った。
明らかに僕のことを笑っているのだが、不思議とイヤじゃなかった。

その眼差しは、まるで「大丈夫。おれは君の味方だ」と励ましてくれているかのようだった。
天使だ。見た目はだいぶイメージと違うが、彼はきっと天使なんだ。
それはまさに天使の微笑みだった。

山下達郎の言うとおり、
必ず今夜なら言えそうな気がする。


言うまでもなく、「50がらみの薄毛の天使」とはおれであり、この記事は昨日した妄想である。

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