遺書(ブログ)

幸せの法則

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先日、車での帰宅途中に、ふらりと「まこと家」に寄った。
国道15号沿い、京急線は青物横丁駅近くのラーメン店である。

家系ラーメンとしては結構な有名店なのだが、以前食べた際に感じた脂っこさだけが記憶に残っていたため、しばらくの間は店先を素通りするのみだった。
50手前のオッサンの胃には少々重いのである。

久しぶりに食べた有名店の味は……あぁやっぱりズシリと重い。
どんぶりを覗くと、5ミリくらいはあるだろうか、見事な油の層がスープ全体を守っている。そしてこの味の濃さ。
オッサンゲリヲンにとって、どう考えてもこのATフィールドはぶ厚過ぎるぞ。

やっぱムリか……。

一口目で箸を止めそうになったその時である。隣に座っていたトラック運転手風のオッサンが怒声を発した。

「おいっ! 相っ変わらずここのラーメンはうめぇな!!」

彼は怒っているのか?
いや違う。久しぶりに食べた(のであろう)旨いラーメンに、感嘆の声を上げているのだ。

店の外を見ると、「熊本○○運輸」と書かれた10トントラック。全国津々浦々のラーメンを食べたであろうその口が叫ぶ「ここのラーメンはうめぇな!!」には、デタラメなほどの説得力に満ち溢れていた。

それを聞いた店員は「あたぼうよ」と言いたげなドヤ顔でニヤリと笑い、まわりを見回すと、一杯になったカウンター席でラーメンをすする面々の幸せそうなこと。

ええ? そんなにウマイかぁ~?

半信半疑のおれ。

ところだ。
二口目のスープを口に運んだ時に不思議なことが起こったのである。

……………………!!!!
なにぃ!?

さっきまで感じていた「脂っこさ」は「コク深さ」となり、「味の濃さ」は「ハッキリした味わい」に完全に変化していたのだ。ついには叫びたくなる。

ウマーーーーーーーーイ!!!!!

これを読んでいる2~3人は気付いているだろうか。

その通り。
明らかにおれはノせられている。
自分が感じた第一印象が、店内に充満する「このラーメンをマズイという奴は人間じゃない」的なムードに歪められている。

気づいているぞ。気づいていながらしかし、感じている、いや、感じさせられている”まがい物”の「旨い」をもってラーメンを一気にかき込むのだ。(意味わかるかな)

冷静なもう1人のおれがつぶやく。なるほど、と。

そうか。これも「旨さ」なのだ。

最初に述べたとおり、おれのこのラーメンに対する個人的感想は「脂っこくてとても食えない」だ。たぶん本当に嫌いなのだ。事実、失礼なことに、残して帰ろうとさえ思った。
それがどうだ。あのオッサンの一声を聞いた瞬間から、明らかに”味”が変わっている。

もちろん、実際には味はちっとも変わってはいない。
変えられているのは”おれの価値観”だ。これこそが洗脳の正体。マインドコントロールだ。

しかし、気づいていながら「洗脳」に身をゆだねてみる。
進んで委ねることができる自分発見。

その証拠に、見ろよ。
自分の価値を歪められているとわかっていても旨いぞ!
ウマイんだぞーーーーーーーーー!!!!!

この時、人生において、とても大切なことに気付いた気がした。

ラーメンは「まずい」と思って食べるよりも、「旨い」と思って食べたほうが幸せであることは言うまでもない。
そしておれは今、「まずい」を「旨い」に変えるシステムに気付いた。何もこの法則はラーメンに限らない。
このシステムを応用すれば、「嫌い」を「好き」に変える事だって、「不満」を「満足」に変える事だってできるはずだ。

この積み重ねで、「不幸せ」を「幸せ」に変えることができる。

これってもしや、万人が追い求めている「幸せの法則」ではないのか? 洗脳に身を任せること。イコール自分を洗脳すること。
早速、明日からさまざまな局面で試してみよう。

宗教ってどうやって起こすのだろう。

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