遺書(ブログ)

至宝の威光

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5月16日の東京ドーム楽天対日本ハム。

いつもより早めから3塁側内野指定席に座り、1ヶ月半ぶりの観戦にドキワクしながらプレイボールを待っていると、目の前の座席に大柄な青年が座った。

太めの黒縁メガネと少々やりすぎ感のある刈り上げ、濃い目の顔立ち。そして野球観戦にはそぐわない大きな旅行カバン。彼が中国系の旅行者であることはすぐにわかった。

同伴者はなく、しばらくは不安そうにまわりをキョロキョロ見渡していた彼だったが、おれと目が合うと、ようやく安心したように大きなカバンの中からファイターズのビジターユニホームを取り出した。

白いTシャツの上から誇らしげに羽織ったユニホームに刻まれていた背番号は、当然のごとく「99」。アルファベットは「WANG」。台湾の英雄の名である。

間違いない。彼ははるばる台湾から王柏融を応援しにやってきた台湾ファンだ。

くしくもこの日は楽天主催ゲーム、かつ楽天ユニホームの全員配布デーだ。3塁側といえども、まわりはエンジ色のユニホームだらけだった。
所沢や幕張でビジターには慣れているおれから見ても、それはちょっと異様な光景で、一応ビジター側の席を選んだはずの彼も面食らってしまったことだろう。

そんなとき、楽天ユニの集団の真ん中で一人堂々と近藤ユニを着て、デカイおにぎりに食らいついているおれを見つけたというわけだ。

そのすがるような視線に、全てを悟ったおれはできるだけ温かい表情で応じた。

「大丈夫。一緒に我らが大王を応援しようぜ」

口には出さなかったが、絶対に通じた。
老眼でよく見えなかったけれど、彼もニコリと笑い返してくれたように見えた。

エンジ畑の中で結ばれた国境を超えた絆。
日台友好。逆境でこそ燃える炎の友情。
あの時のおれたちにとって、数の暴力など恐るるに足りなかった。

ただその直後、ファイターズのスタメンが発表されるまでは、である。

予想外なことに、なんとこの日のスタメンの9人に「王柏融」の名はなかった。

それだけでなく、目下絶好調の西川遥輝もスタメンから外れ、1番渡邉諒、2番杉谷拳士という栗山監督らしい奇襲オーダーに場内はざわめいた。

発表が終わった瞬間、誇らしげだった目の前の99番の背中がシュンと縮んだような気がした。

その落胆がダイレクトに飛び込んできて胸が痛くなった。

申し訳ない。
おれが謝ったところで1ミクロンも意味はないが、本当に申し訳ない。

この日の楽天の先発は左のファイターズキラー辛島航で、データ的に分が悪い王柏融が外れてしまった。
そんなことはよくあること。野球ファンならば誰にでもわかる理屈だ。

ベンチは勝つために最善の策を講じている。チームは本気なのだ。
実際、あの西川でさえスタメンから外されているじゃないか。勝つためなんだから、それでいい。

しかし、だからといって、こと台湾からはるばる来た”彼”に対しては、そんなカチカチの正論でなだめることなどできない。

ファイターズファンは、王柏融が出場しようがしまいが、打とうが打つまいが、ファイターズが勝てば嬉しい。
仮に推している選手がスタメンから外れて少々テンションが下がったとしても、それはそれ。気持ちを切り替えて、ファイターズの勝利を願って精一杯応援することができる。

しかし彼は違う。
彼らが誇る英雄が、見知らぬ国で元気に活躍しているところを観に来ている。あの無敵の大王が、日本でもヒットを打った、ホームランを打った瞬間の絶頂をライブで感じたい。

たとえば自分がエンゼルスの大谷を応援しにロサンゼルスまで行った場面を想像すれば、その感情は容易に理解できるはずだ。

「俺たちの王柏融は日本でもすごかったぞ!」

その感動を母国の仲間に伝えるために、忙しい仕事を調整して、たった一人で日本へやってきた。

しかしその夢は、プレイボールを待つまでもなく脆くも崩れ去った。このあと代打での出場機会はあるんだろうか。それはわからない。

試合が始まると、どういうわけか彼は王柏融のユニホームを脱いでいた。

ファイターズの攻撃中も、白いTシャツ姿で微動だにしなくなった彼の無念は計り知れない。

さて、この日のゲームはといえば、初回から息もつかせぬ展開だった。

ファイターズキラー辛島の対ファイターズ防御率は、2試合登板で0.69(試合前時点)。しかし対するファイターズ加藤貴之の対イーグルス防御率も3試合登板で0.00。
データ通りの投手戦となった。

楽天の辛島がランナーを出しながらも後続をピシャリと切って取れば、加藤はほぼ完璧な投球でスコアボードに0を重ねていく。

あまりの好ゲーム展開に、いつの間にかおれは、さっきのいたたまれなさも忘れて全力で応援していた。

0行進の中、手に汗を握りながら、気付けば7回表。
先頭清水の初球でついに試合が動いた。ライトへの大飛球に右翼手ブラッシュが追いつけずにツーベース。この後、バントの名手中島が手堅く送り1アウト3塁。

外野フライでも1点という千載一遇の大チャンスに、目下売出し中の平沼翔太が打席に上がる。
ここぞとばかりにレフトスタンドから狂ったように鳴り響くチャンステーマ。エンジ率の多いはずのおれの周りも否応がなしに盛り上がった。

打ってー打ってーヒラヌマ!(男声)
打ってー打ってーヒラヌマ!(女声)
今だチャンスだヒーラヌマ!(全員)

打った。
初球。ジャストミート。
思いっきり引っ張った打球は、ものすごいスピードでライトスタンドへ吸い込まれていった(ようにしか見えなかった)。

その瞬間、周囲では「こんなにいたんかい!」というほどのファイターズファンが両手を上げ、立ち上がった。

おれの目の前の客も例外ではなく、興奮のあまり拳を突き上げながら立ち上がっていた。
「くそっ、見えねえよ」と半ば呆れながら、おれも立ち上がった。

立ち上がりながら気がついた。

その目の前の”彼”は、いつの間にか99番のゴールドユニホームを着ていた。

結果的に平沼の打球はツーベースヒットと判定された。
ビデオ検証の結果、スタンドにはギリギリ入らなかったようだ。

それでも正真正銘、殊勲のタイムリーヒット。
若い平沼の活躍も嬉しかったが、見知らぬ「ヒラヌマ」という選手のタイムリーを、MAXのガッツポーズで嬉しがる彼の姿が涙が出てしまうほど嬉しかった。

試合は2-0でファイターズの勝利。
好ゲームではあるものの、長いシーズンで見れば何てことのない勝利の一つだ。
しかしおれにとってはかなり印象的な試合になった。

残念ながら最後まで王柏融の出場はなかったが、今日おれは一人の「王柏融ファン」が「ファイターズファン」にグレードアップした感動的な瞬間を見た。

台湾の至宝は、ベンチの中でもその威光を存分に発揮している。

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