遺書(ブログ)

降りた。

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車で近所を走っていると、1車線の細い道路の真ん中をヨロヨロと走る老人の自転車を見かける。さらに車が来ていることに気づくと「迷惑かけまい」と焦りだすのか余計にヨロヨロしだす。見ているこちらがヒヤヒヤする。
そんなときは、徐行しながらしばらく待つ。

もちろんサクッと抜いてあげたほうがいい場合もある。その方が老人も早く自転車の運転に集中できるからだ。もしかしたら老人も「さっさと抜いてくれよ」と思っているかもしれない。しかしおれは、そんな心の声も聞こえないふりをして、基本的に待つことにしている。なぜか?

その答えはすぐわかる。ほら。

降りた。

老人は背後に車の気配を感じとると、ほとんどの場合自転車から降りるのだ。
しかも大体の場合が車道側に。予測不能なタイミングで。
これが結構怖い。自宅周辺は意外と老人が多いので、これでヒヤリとしたことは1度や2度ではない。

降りてくれればもう安心だ。
ゆっくり抜いてあげればいい。バックミラーを覗くと、再び自転車にまたがり、落ち着いた表情で漕ぎ出す老人が見える。

もちろん降りない場合もある。
老人が気づいてくれる距離まで近づいても降りない場合は、できる限り大回りで、こちらもまたゆっくりと抜いてあげる。

自転車老人には世の中に2種類いる。
背後から車が近づいた時に「降りる老人」と「降りない老人」だ。

もしかしたら「降りる老人」だって、おれがサクッと抜いていれば降りなかったかもしれない。おれだって時間のロス(大したロスじゃないが)を防げたかもしれない。お互いWin-Winの構図が実現できたかもしれない。
しかし「降りる老人」か「降りない老人」かは後ろ姿だけでは判別がつかない。
理想的な構図を捨ててでも、すべて「降りる老人」と仮定して、最悪のリスクを防ぐべきだと思っている。

さて今日、ちょっと離れたところにあるファミレスで仕事をするために、自転車を使った。
仕事の内容上、17インチのハイスペックノートPCと、膨大な紙資料が必要だったため、荷物がいっぱいに詰め込まれた大きめのトートバッグを自転車の前カゴに乗せて自転車を漕いでいた。

もちろんこれまで経験がなかったことはないが、前カゴに大荷物を乗せるとものすごく運転しづらいことを再認識させられた。
平地のストレートは問題ないが、曲がる時は50手前の”若者”であるところのおれでもヨロついてしまう。
さらに少しでも登り坂に差し掛かり、ペダルを漕ぐ足に力を入れると、ハンドルを持つ手に力が入らず、蛇行してしまっているのが自分でもわかるほどだ。

なるほど。これが自転車老人の苦しみか。

(おれも若くはないが)老人は平地ですら登り坂と同じ。腕力も衰え、前カゴに大きな荷物を載せているようなものだろう。

この瞬間に後ろから車が近づいてきたら……?

考えると一気に不安が芽生えた。

これまで、車の運転席の高い位置から「降りる老人」か「降りない老人」かなどとエラソーに分析してきたが、ようやく今、彼らの不安の一部が理解できた気がした。

この登り坂を登りきれば下りのストレートだ。
早く登りきって、落ち着いて運転したい。そう思った瞬間である。

プッ!

背後の車が短くクラクションを鳴らした。
おれの蛇行が大きかったせいで、追い抜くタイミングが難しかったらしい。

降りた。

おれは自転車から降りた。車はそんなおれを大きく迂回して抜き去っていった。

どうやら将来おれは「降りる老人」になる。

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