遺書(ブログ)

爆音バイク

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深夜にウォーキングしていると、ときどき物凄い爆音で閑静な住宅街を走り抜けていくバイクに遭遇する。
“爆音でない”他のバイクとはハッキリ違うので(それでもうるさいが)、マフラーに細工でもしてるんだろう。

本当に迷惑だなと思う。
あの音のゼロ距離にいる本人は、あの爆音に気が狂ったりしないのだろうか。

……しないんだなあ。それが。

おれは知っている。
忘れかけていた記憶が1つ蘇った。

昔、マフラーを改造している車に乗せてもらったことがある。(助手席に)

「いい音だと思わないか?」
「この腹の底からクる振動がいいんだよ」
「ノーマル車とは爽快感がぜんぜん違う」

持ち主はご満悦な様子だったが、おれはまったくそうは思わなかった。
まあそれは人それぞれの価値観の違いなので、押し付けられたくはないが、どうこう言うつもりもない。「はあ」と適当に答えておいた。

車内はとてつもなくうるさい。
カーステレオでDragon Ashかなんか(2000年前後)が流れていたが、走行中はほとんど聞こえなかった。会話などはもっての外である。
無言のままこの爆音拷問に耐えるおれと、気分良さそうに運転する持ち主。価値観の違いである(二度目)。

車とバイクの違いはあるのかもしれないが、要するに、本人はこの爆音を気にしていないどころか、“心地よい音楽”くらいの位置づけとしているのだ。
彼らにとって、それは運転する時になくてはならないBGMだ。

24時間マラソンのZARD。
テトリスのトロイカ。
トレーニング中のロッキーのテーマ。
清宮のスターウォーズ
なのだ。

わかる。
24時間のマラソンはここ数十年1分も見ていないが、トロイカのないテトリスなどやる気が起きない。ロッキーのテーマで自らのポテンシャルを超えられそうな感覚もわかる。
清宮の登場曲にスターウォーズ、あれも最高だ。

好きなものでテンションをアゲる。全然オッケーだ。どんどんやれ。
でも「他人に迷惑をかけてはいけない」が大前提である。

再度、爆音車に乗せてもらった話に戻る。

車内の爆音があまりに苦痛なので、まわりの人はどう思っているのかが気になり、車外(の歩行者や隣車の運転手など)を観察していた。

誰も彼も、面白いほどこちらを見ていた。
こちらに視線を向ける人たちは、全員と言っていいほど目をしかめ、眉間にシワを寄せていた。「うるせえな」とでも言っているんだろうか。何かを呟いている者もいた。隣の車はウインドウを閉めた。

爆音の”音源”にいるとよくわかる。
世の中のすべての人間から嫌われていた。

いたたまれない気持ちになった。

ふと気になって運転手を見る。
相変わらず気持ちよさそうに運転していた。

つい教えてあげたくなる。
「みんな、こっち見てますよ」「きっと迷惑に思ってますよ」と。
もちろん言わなかったが、仮に話しかけたとしても、きっと爆音で聞こえない。

一つ悟ってしまった。

なるほど、この価値観(三度目)は絶対に縮まらないな。

彼にとって、おれが我慢ならないすべてが日常なのだ。
あり得ないほどの爆音だけでなく、他人から嫌がられる視線さえも。
最初のうちは”心地よいBGM”だと思っていた爆音も、最初のうちは気になっていた周囲の視線も、もはや彼には聞こえていないし見えていない

深夜の爆音バイクのライダーもおそらく同じだ。

騒々しい幹線道路だろうが、閑静な住宅街だろうが、彼にとっては何も変わらない。それは単なる”日常”だから。悪気もなければ、罪の意識などない。

彼は今日も明日も明後日も変わらず、爆音バイクで静寂を切り裂いているに違いない。

さて、さきほどリビングでネタ番組の録画を見ながらゲラゲラ笑っていたら、かみさんに「うるさいからヘッドホンして」と注意された。すかさず「あっごめん」と詫びを入れ、ヘッドホンをして笑いをこらえながら続きを見た。
おれは、自分の爽快感よりも我が家の静寂を優先したのだ。

どうだ爆音バイクの見知らぬライダーよ、わかったか。

こういうことなんだよ。

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